名前のない曳航索
『星渡』の船長、浦上柊は、出航準備の途中で冷域九の退避信号を受けた。求められているのは救援ではなく、航路上の見張りだという。だが実際に小型艇が動けなくなれば、輸送船団の助けが必要になる。
「護衛艇を出せますか」
航路士の浅海朔が訊く。浦上は葛城修の艇の検査報告を開いた。航行はできるが燃料計が不安定で、戦闘へ使える状態ではない。
「出せるという報告と、出す判断は別だ」
彼は応急曳航用の索を探すよう指示した。軍の標準装備は不足していたが、貨物船に古い曳航具が残っている。整備員は耐久試験を提案した。
冷域九までの距離は遠い。すべての船を出せば、霧生四に残る避難者の移送予定も変わる。浦上はまず小型の連絡艇一隻だけを準備し、周辺監視を依頼した。
午後、曳航具の点検が終わった。索の表面には小さな裂け目があったが、必要な荷重を半分に限れば使えるらしい。浦上は条件を記録して署名した。
古い機材は誰のものか分からなくなっていた。整備班は所有者を探すより先に、安全に使えるかどうかを確かめた。
曳航具には製造番号が残っていたが、担当会社は長く前に閉鎖されていた。朔は保存されている設計図を探し、試験時の許容荷重を確かめた。誰が造ったか分からない器具でも、記録が残っていれば安全を考えられる。整備班の一人が補強を提案したが、浦上は試験後の数値が出るまで許可しなかった。役に立ちたいという気持ちだけで、耐久値は増えない。彼は船団の航行日誌へ修理の条件を書いた。
港外へ出る連絡艇を見送ると、船長は遅れの理由を掲示板へ書かせた。海図の上で一本の線を引くより、そこを通る人の命を数える仕事が先にあった。




