帰港日のない証明書
共同防衛評議会の法務官、尾関貴和は、行方不明の船員に関する申請を受け付けていた。家族は遺族給付を必要としている。だが船は沈没が確認されておらず、規則上は生存の可能性が残る。
「亡くなったと認めてもらいたいわけじゃないんです」
申請に来た女性は言った。
「子どもを学校へ通わせたい。それだけです」
貴和は規定を読み直した。喪失認定が出なければ給付はない。しかし長期通信途絶の家族へ、別の生活支援金を渡す制度があった。以前はほとんど使われなかった条項だ。
彼は申請用紙を取り寄せ、必要な証明を集め始めた。最後の通信記録は軍が保管している。家族の所在記録は民間の港にある。一枚の申請書へ二つの組織の印をそろえるだけで数日を要した。
女性が再び来たとき、貴和は仮の支給証を渡した。
「結果が確定したわけではありません」
「分かっています」
女性は書類を丁寧に鞄へしまった。
仮の支給証を渡したあと、貴和は別の家族からも同じ相談を受けた。先ほどの事例をそのまま当てはめず、最後に連絡のあった時刻と扶養の状況を確かめた。制度を一つ使えたからといって、すべての事情が同じになるわけではない。彼は申請者へ結果の連絡方法を説明し、今どの部署で審査しているか分かる控えを渡した。家族は紙を受け取り、次の窓口を尋ねた。行き先を答えられることが、今日の貴和には大きかった。
貴和は新しい申請者のために、手続きの案内を作った。生きているかどうか分からない人を、便宜のために死んだことにする必要はない。残された家族が暮らしていく道は、それとは別につくれるはずだった。




