誰も責めない港
出航前検査室には、船を止めてほしくない人々が並んでいた。
検査官の真鍋修司は、避難船『暁環』の空気循環弁に微細な亀裂を見つけた。運航責任者は顔色を変えた。船には出発を待つ三千人以上がいる。
「交換部品はありますか」
「正規品はありません。互換部品なら二つ」
「二つとも検査履歴が切れています」
修司はそう答え、出航票を一旦保留にした。運航責任者は机に手を置いたが、怒鳴らなかった。理由を知らないわけではないのだ。
代替弁を調べた整備士が、金属疲労のない一品を選んだ。修司は自分で圧力試験を追加し、規定より長い時間をかけて接続を確かめた。
「止めてくれて助かりました」
運航責任者が言った。修司は苦い顔をした。
「出発が遅れたことは消えません」
「でも、出てから壊れるよりいい」
検査室の時計が次の交代を告げた。外では待ちくたびれた乗客に温かい飲み物が配られていた。気の立った者もいる。それでも、交換作業を見ていた子どもたちは整備士に拍手した。
修司は承認印を押す前に、弁の製造番号を台帳へ写した。いずれ誰かが同じ型の部品を使う。そのとき、今日の試験結果が役に立つかもしれない。
交換した弁の近くには、古い塗装の下から別の製造番号が見えた。修司は記録を調べ、二十年前の改装時に流用された部品だと突き止めた。前任者の検査履歴が残っていたおかげで、圧力試験に使う基準が分かった。誰かが丁寧に残した記録が、年月を隔てて人を助ける。修司は次の担当者にも同じものを渡そうと決めた。
船がゆっくり動き出す。修司は窓から見送り、次の傷んだ船を呼び入れた。




