海の名を持つ箱
灯標七の郵便室へ、霧生四で保管されていた古い箱が届いた。宛名はなく、『群青海岸』とだけ書いてある。職員は送り先不明の貨物として倉庫へ回そうとしたが、学校の教師、広瀬真琴が箱の名に気づいた。
「その海岸、昔の教科書に載っていました」
箱を開ける許可を取ると、中には薄い絵葉書が詰まっていた。子どもたちが海のない居住星へ送るために描いた風景だという。送り主の学校は、ずっと前に閉鎖されている。
真琴は郵便記録を調べた。発送先の学級名だけが残っている。その学級にいた子どもたちの多くは成人し、別の船や港へ移っていた。
「これ、今さら配れますか」
職員が聞く。
「全員には無理かもしれません」
真琴は答え、学校間連絡網へ問い合わせを出した。
翌日、最初の返信が来た。宛先の一人は霧生四の給水設備で働いているという。真琴は絵葉書の写真を送り、本人の希望を確かめることにした。
教室の子どもたちは絵葉書を見て、海の色が一つではないことに驚いた。真琴は古い画材を配り、それぞれの記憶にある水の色を描かせた。
最初の返信を書いた人は、幼い頃に絵葉書の交換を約束したのを覚えていた。『海の青がどんな色か、ずっと知りたかった』という文面を読んで、真琴は封筒をゆっくり閉じた。画像で送れば一瞬だが、紙の絵を受け取りたいなら、郵便船を手配する必要がある。彼女は急いで送ることを約束せず、移送の可能性を調べた。古い一枚の紙も、今の宇宙を通って人の手へ届かなくてはならない。
古い絵には、青い海と砂浜に座る小さな人が描かれていた。今の星図にその海岸の名が載っているかは分からない。それでも、誰かがかつて見た景色だけは紙に残っていた。




