送信先のない便り
灯標七の学校区画で、教師の広瀬真琴は、机の上の手紙を集めていた。児童たちが避難前の友人へ書いたものだ。住所が分からない手紙も多い。
「どこへ送るんですか」
一人の子が尋ねる。真琴は封筒の宛名を見た。星系名だけ、船名だけ、あるいは『前の家の隣』としか書かれていない。
「送れるかどうか、まず調べるよ」
彼女は港湾郵便室へ運び、配達不能の理由を一枚ずつ記録した。郵便室の職員は困りながらも協力してくれた。船舶登録簿なら、別の港へ移った家族の手掛かりがあるかもしれない。
翌日、五通だけ送信先が分かった。真琴は教室でそのことを伝えた。子どもたちは喜び、それから自分の封筒をもう一度見た。
「まだ分からない手紙は?」
「ここで預かる。なくさないよ」
真琴は専用の箱を作り、書いた日の代わりに、一人ずつ名前を添えた。日付が変わっても宛先は変わらない。どこかで再会できたときに渡せるよう、封を開けずに保管する。
児童の一人は、紙に書けば宛先まで届くと思っていたと打ち明けた。真琴はすぐ訂正せず、郵便がどのように運ばれるのか地図を描いて教えた。船が必要で、港が必要で、受け取る人を探す手が必要なのだ。何本かの航路は途中で切れていた。それを見た子どもは少し悲しそうな顔をして、封筒を丁寧に畳んだ。真琴は地図にまだ残る細い線を指し、調べる仕事が終わったわけではないと告げた。
港の外では避難船が次の航路を探している。真琴の教室では、まだ出せない手紙の箱が少し重くなった。誰もその重さを嘆かなかった。手紙を書くこと自体が、遠くの誰かを忘れない方法だった。




