赤い印のまま
護衛艦『芦月』の艦長、篠宮航は、灯標七の戦況図に残された赤い印を見ていた。そこは前月、護衛船団を失った宙域だった。偵察艇は新たな反応を見つけられなかったが、危険区分は変わっていない。
「何もいないなら、航路を開けませんか」
副長の白石が問う。篠宮は偵察報告を読み直した。観測できなかったのは、無人機の到達距離の先だ。安全が確認された範囲は短い。
「航路を開くなら、帰り道も確かめたい」
篠宮は地図の端へ小さな円を描いた。片道しか通れない道を避難航路と呼ぶのは危険だった。
その頃、整備班から艦の冷却器が限界に近いと連絡が届いた。整備士はあと二度の出撃なら可能だと述べたが、篠宮はその『可能』がどんな条件で成り立つかを聞いた。全速戦闘をしなければ、という答えだった。
「なら、戦闘を含む護衛には数えない」
白石が黙って頷く。
篠宮は修理の予定表を見せてもらい、必要な部品の取り寄せ先を尋ねた。前線港にあった在庫は、港ごと撤収したという。移送先の帳簿を辿っても、箱の所在が分からない。白石は他艦から融通してもらう案を出したが、どの艦も同じ型の冷却器を使っていた。篠宮は通信文の書き方を変え、『余りを送れ』ではなく『交換可能な型を知らせてほしい』と伝えた。残る艦同士で奪い合わずに済む方法を探したかった。
航路を一つ増やしたい。その気持ちは艦長にもある。けれど赤い印を消すために、未確認の場所へ乗員を送るわけにはいかない。篠宮は危険区分を据え置き、冷却器の交換を最優先にした。図の上の赤い印は残ったまま、艦内の作業だけが次の段階へ進んだ。




