音のない記録
灯標七の観測室で、湊透は霧生四から届いた音響記録を再生した。真珠艦隊の出現中に録られたものだが、スピーカーから聞こえたのは通常の機関音と通信の雑音だけだった。
「機械に録れないなら、聞こえたという証言は誤りなんでしょうか」
新人の研究員が訊く。
透は首を横に振った。
「録れなかったことと、聞かなかったことは違う」
記録には、同じ時刻に複数の乗員が旋律を報告したことが残っている。その一方で、誰も完全に同じ音を説明できなかった。弦だという者がいて、低い金管だという者もいる。いずれも真珠色の艦影が消えたあとには聞こえなくなった。
透は、音源の仮説を資料から外さなかった。ただしどの仮説にも確定印を押さない。艦隊を呼ぶ方法を考え始めた部署には、観測例が少なすぎると伝えた。
昼過ぎ、別の監視艇から赤色未同定群の映像が届く。そちらには音楽の証言がなかった。透は二つの報告を混ぜずに保存した。どちらも人類側が見た範囲しか示していない。
報告書をまとめる際、透は録音不能を『異常なし』に分類しないよう注意した。機器が正常に動いたことと、未知の現象がなかったことは別だ。霧生四で記録した担当者たちの操作手順も確認した。技術者が繰り返して再現できる部分だけを記し、分からない箇所には空白を残した。空白が増えるのを嫌う上官もいたが、透は観測できていないことを数字で埋めるほうが危険だと考えていた。
帰り際、同僚が小さな楽器を机へ置いた。自宅から持ってきた古い弦の試験器だという。透は笑って受け取った。音を聞き分ける練習ならできる。正体を知らないことと、調べる手段を持たないことは同じではなかった。




