母親の欄
病院船『冬星』の看護主任、鷺沢沙耶へ、霧生四から一件の照会が届いた。義肢をつけた少年の母親と、同じ名前を持つ女性が『星渡』の乗客名簿にいたという。
沙耶は端末を開き、照会番号を並べた。年齢は合う。以前住んでいた区画の記載も似ている。だが生年月日が違った。戦時の転記では起こりがちな誤差だが、それだけで親子だと決めることはできない。
少年は歩行訓練の途中だった。廊下を三歩進み、手すりに指をかけている。
「母さん、見つかった?」
沙耶は隠さずに答えた。
「同じ名前の人がいたよ。今、確かめてもらっている」
少年はうなずき、いつもより長い距離を歩こうとした。沙耶は急がせなかった。もし別人だったら、その歩幅まで失わせたくない。
霧生四の職員から返信が入る。女性は確かに同じ居住区にいたが、少年の母親ではなかった。彼女は少年の一家を知っており、最後に別れた港の名を覚えていた。その港もすでに移転している。
霧生四からは、女性が覚えている別れ際の服装まで届いた。少年が最後に話した母親の姿と少し違う。沙耶はどちらかを間違いと決めず、記録の取得時期を照合した。避難の途中では着替えることもある。女性には、次の港で関係者に問い合わせてもらえるか頼んだ。彼女は引き受けたが、確かな返事は約束できないと言った。沙耶も同じ言葉で礼を返した。できることと、約束してよいことは違っていた。
沙耶は記録を一つ増やした。見つからなかったという結果と、次に探す場所は、同じ報告書に書ける。少年には夕食のあとで知らせようと思った。彼は今、手すりから片手を離して立っている。その姿を見守る仕事も、沙耶には残っていた。




