最後尾の傷
護衛艇の操縦士、葛城修は霧生四の整備甲板で外殻を洗っていた。『星渡』の最後尾にいた小さな艇は、帰港しただけで誉められた。だが修には、右舷の傷がどこでついたものか思い出せない。
「赤いものに触れたんですか」
整備員が尋ねる。修は首を振った。観測窓には赤い脈動が見えた。真珠色の艦影も見えた。けれど艇が何にぶつかったのか、衝撃があったかどうかさえ記録に残っていない。
検査を進めると、外殻の一部に細い溝が見つかった。溝の底には古い塗装が残っている。整備員は戦闘による損傷ではなく、以前の係留作業でできた傷の可能性を指摘した。修は恥ずかしくなりかけて、すぐ考え直した。間違いを一つ減らせたのなら、それでいい。
「この艇、また出られますか」
「出すことはできます。出していいかは別の話です」
艇の燃料計には修理できない揺れがあった。予備の計器は霧生四にない。機関士は簡易計測の方法を書き、毎回二人で残量を照合するよう勧めた。
整備員は修の手帳に、計器を読む順序を図で描き足した。違う数値が出たときは、都合のよい方ではなく危険な方を採用する。修はそれを読み、乗員の誰でも確認できるよう操縦席の内側へ写しを貼ると申し出た。機関士も同意した。狭い艇の中では、一人だけが知っている手順は役に立たないことがある。次の当直に入る兵士たちは、傷の由来よりも、その図を念入りに眺めていた。
修は説明を手帳に写した。窓の外には真珠色の光も、オーケストラの音もない。港に響いているのは工具の落ちる音だけだった。彼はその当たり前の音を確かめながら、次の点検表へ署名した。




