濡れた番号札
霧生四の入港窓口では、帰着した船の乗客が床の水滴を避けて並んでいた。川瀬弥生は給水の手配を終え、今度は下船許可の印を押している。『星渡』から降りた人の中には、降りる港を決めないまま乗り続けてきた者がいた。彼らの札には、行き先の欄だけ空白が残っている。
「空欄だと仮設住宅へ案内できません」
受付係が困った声を出した。弥生は札を返さず、本人へ聞きに行った。老人は故郷の名を答えた。その星系には、もう定期航路がない。
「そこへ帰るつもりでいるんです」
弥生はしばらく黙った。帰る望みを取り上げる権限など彼女にはない。ただ、今夜寝る場所が必要だ。
「行き先は未定と書きます。今夜だけ、この港の居住棟を使ってください」
受付係は別の色の札を探し、仮の番号を振った。老人は濡れた指で札の文字をなぞり、大切そうに上着へしまう。弥生が渡したのは帰郷の約束ではない。横になれる寝台と、翌朝の食事を受け取る順番だけだった。
居住棟の管理者は、明日の空室が足りないと告げた。弥生は建設の担当でも住宅の担当でもない。それでも倉庫に残る簡易寝台の数は知っていた。管理者と一緒に使える部屋を見て回り、壊れた照明は修理班へ連絡した。すべての人に同じ部屋を渡せないことを、受付に明記しておく。先に入った者だけが良い場所を選べる仕組みでは、列の後ろにいる人がいつまでも不安になる。
夕刻、廊下には濡れた靴を乾かすための紙が敷かれた。弥生はその端を踏まないよう歩き、最後の名簿を閉じる。港の時計は正確に進んでいたが、帰る場所を失った人々の時間は、別の速さで流れているように見えた。




