一隻ぶんの燃料
燃料配分官の矢代壮介は、避難船『暁環』の出航票を三度見直した。
必要量は十二単位。港に残る可動燃料は十九単位。護衛艦『芦月』をもう一度出せば八単位要る。どちらも満たすには、一単位が足りない。計算は何度やっても変わらなかった。
「暁環の積荷を減らせば」
助手の提案に、壮介は乗客名簿を開いた。荷物欄に食料と医療器具がある。乗客を減らす案は、誰も口にしなかった。
彼は湾内の老朽化した曳航機に目を向けた。三十年前なら廃棄された機体が、いまも船を押している。その予備燃料二単位を転用できれば計算が合う。ただし曳航機が止まれば、次の入港船は自力で係留しなければならない。
壮介は整備班長の音羽叶芽へ連絡した。
「明日の大型船、支障が出るか」
「手動で受けます。時間はかかりますが、方法はあります」
「危険だぞ」
「止まっている曳航機に頼るよりましです」
叶芽の返事は淡々としていた。壮介は許可印を押し、燃料の移送を命じた。
夕方、暁環の出航予定が緑に変わった。掲示板の前にいた老夫婦が、互いの手を握る。
移送された燃料を受け取った『暁環』の機関長は、壮介へ不足分の計算表を送ってきた。大型機関を一度落とすと再起動に燃料が余分に要るため、出航まで出力を下げる案だった。壮介はその手順を認め、港の電力供給を少し増やした。燃料だけでなく電力も港の蓄えだ。何かを節約するたび、別の場所の担当者へ連絡が必要になった。
壮介はその光景を見届けてから、明日の入港票に赤鉛筆で「手動係留」と書き込んだ。一隻が出られるようになると、別の一隻の仕事が難しくなる。それでも港は、止めるわけにはいかなかった。




