赤い航跡
通信観測室の湊透は、外縁から届く観測記録を一秒ずつ並べていた。
赤色未同定群を撮影した映像は多い。ただし同じ形を写したものが一つもない。巨大な膜に見える報告もあれば、細い群れに見える報告もあった。距離計の数字は、観測を始めた順に食い違っていく。
透は映像を三つの監視装置から比較した。共通しているのは、赤い脈動が現れる直前に背景の星が一度だけ細く見えることだった。
「歪曲波か?」
同僚の声に、透は答えを急がなかった。
「そう名づけるのは、原因が分かってからでいい」
彼らの仕事は敵を理解したふりをすることではなかった。警報を少しでも早く届けることだ。透は予兆候補の時間幅を記し、艦隊へ共有した。
夕刻、前線監視艇から断片的な通信が届いた。『赤い。数が増えた』。続いて座標が三度訂正された。最後には『こちらの時計が合わない』という声だけが残った。
透は記録の時刻欄を空欄にして保存した。時計の故障なのか、送信の遅れなのか、今は判断できない。
警報盤に赤い点が一つ灯る。それは敵の数を示す点ではなく、連絡を絶った監視艇の所在だった。
通信室の古い黒板には、帰らなかった観測艇の識別名が小さく書かれていた。番号ではなく乗員が呼んでいた愛称だ。透はその名を報告書から消さなかった。警戒情報として役立つ座標と、人が忘れないために残す名前。二つは同じ記録の中に置いても矛盾しない。次の監視艇へ渡す資料には、失敗した観測手順も細かく添えた。
透はその日の観測者の名前も記した。いつか戻ったとき、誰が何を見たか確かめるためだった。
透は椅子に座ったまま、次の通信を待った。観測室の隅で、小さな加湿器が乾いた音を立てていた。




