祈るより先に
『星渡』の医療区画では、看護師の牧野透子が救急鞄を抱えていた。
真珠色の艦影が現れて以来、乗客の中には過呼吸を起こす者がいた。反対に、ようやく助かったと泣き笑いする者もいる。どちらにも理由があると透子は思ったが、呼吸が乱れた患者を先に診なければならなかった。
「音が止まらないんです」
若い女性が震えていた。透子は通信機を外し、耳を塞ぐよう勧めた。それでも旋律は聞こえるという。
「今は私の声を聞いてください」
透子は一定の速さで数を数え、女性に息を合わせてもらった。少しずつ顔色が戻る。
隣の寝台では、高齢の男性が窓のほうへ手を伸ばしていた。亡くなった妻が好きだった音楽に似ていると言う。透子は窓へ近づける代わりに、手元の映像を見せた。移動の途中で倒れられては困る。
医療区画の照明は正常だった。生命維持装置も働いている。だが外では何が起きているのか分からない。
透子は患者の順番を決め、助手に水を配らせた。祈りたい人が祈るのを止めるつもりはない。それでも目の前で息を苦しがる人には、先に手を差し伸べたかった。
透子が診た若い女性は、やがて自分から水を飲めるようになった。医療区画の入り口では、手を合わせている乗客がいた。邪魔にはならないが通路が狭い。透子は少し奥の空いた場所を案内した。祈りをやめてほしいわけではない。担架が通る道を空けてほしかったのだ。祈る人々は静かに移動し、今度は患者へ水を運ぶのを手伝ってくれた。誰も同じものを信じていなくても、譲れる場所はあった。
患者の女性は、助手に礼を言って毛布を受け取った。透子は呼吸の間隔をもう一度確かめた。
音楽は美しく、途切れる気配がなかった。




