待たない決定
灯標七の港湾会議で、真珠艦隊の再出現を待つ案が出された。
もし再び現れれば赤い脅威が遠のくかもしれない。その期待を捨てられない者がいた。だが出航を遅らせれば、避難船の燃料と食料は減っていく。
倉科澪は会議卓に実測表を置いた。入港できた避難船、失われた護衛艇、使える航路、傷んだ係留施設。真珠艦隊が現れる確率を示す数字は、どの欄にもなかった。
「待つ判断は、誰かが必ず助けてくれるという前提になります」
澪は言った。
「その前提を、私は持っていません」
反対する者がいた。今動けば失われる船があるかもしれないという。澪も否定しなかった。全員を安全に送り出す方法は、まだ誰も知らない。
結局、予定していた避難便は減速せずに出し、観測と警戒は続けることが決まった。
会議の終わりに、港湾整備士の音羽叶芽が補修状況を報告した。別の係留環も、ようやく試験に通ったという。危険が減るのは少しずつだった。
会議後、澪の机へ乗客の手紙が届いた。『またあの音が流れれば怖くないと思う』と書かれている。澪は返信を迷ったが、『怖いときは、出航前に係員へ話してください』と記した。第三勢力の行動を予言することはできない。しかし出発前に不安を聞く人を置くことなら、港の責任で決められる。彼女は案内窓口の勤務を一人増やし、整備班には余計な仕事が増えない時間帯を相談した。待たないことは、無理をすることではなかった。
夜、澪は出航する船の列を見送った。窓の向こうに真珠色の光はない。音楽も聞こえない。それでも人々は、暗い宙域へ向かうための準備を続けていた。




