訓練ではない避難
灯標七の学校区画では、羽鳥梢が避難訓練を行っていた。
廊下に集合し、人数を数え、病院船への連絡通路まで歩く。いつも通りの手順だが、今回は避難先の一つが閉鎖されている。教員たちは新しい通路を前夜に覚えたばかりだった。
「走ったほうが速いよ」
子どもが言った。
「一人ならそうかもしれない。でも、皆で行くなら歩いて」
梢は答えた。段差で転ぶ子や、歩くのに時間がかかる子がいる。速さだけを選べない。
途中、義肢をつけた少年が立ち止まった。鷺沢沙耶が後ろで様子を見守る。梢は他の子を先へ進ませ、少年の横に並んだ。
「休む?」
「少しだけ」
少年は手すりを握り直し、また歩き始めた。
通路の先では、子どもたちが順番に人数を数え合っていた。一人足りないと騒いだが、それは教員の一人が最後尾に残っているためだった。
戻ったあと、梢は避難地図に新しい段差と休憩場所を記した。子どもたちが自分の意見で矢印を増やす。
訓練には、港の警備員も参加していた。曲がり角に人が集まると、先頭だけが速くても後ろは動けなくなる。梢は警備員と相談し、子どもたちを二列に分ける目印を床へ貼った。実際に歩いてみると、車椅子の通れる幅が足りない場所も見つかった。翌日、整備班が手すりを短く付け替えてくれた。紙の計画より、人が歩いて確かめた一つの段差が役に立つことがあった。
訓練が終わっても、学校の窓の外では警戒灯が回っていた。梢は地図を壁に残した。次にこの道を通るとき、訓練であってほしいと思いながら。
翌週からは、歩くのが遅い子を待つ係を毎回交代にした。梢はその名前を地図の下へ書いた。皆が道を知ることが大切だった。




