命令書の端
『芦月』の艦長、篠宮航は、守備範囲の縮小命令を受け取った。
新しい境界線を引けば、補給船が通れなくなる小さな居住拠点が三つ生じる。そこにはまだ人がいる。軍は撤収を指示したが、受け入れ先の港には空きがなかった。
「全員の移送は、いつ終わる」
篠宮が尋ねると、参謀は首を振った。
「現状の輸送能力では、期限に間に合いません」
命令に従わなければ護衛艦そのものが失われるかもしれない。従えば、退避の遅れた人々が孤立する。艦長は二つの図面を並べて見た。
「撤収線は変更しない。だが出発までの船団を一回増やせないか」
「艦の整備が間に合わなくなります」
「では、動かせる時間を正確に出してくれ」
彼は無理な約束をしなかった。できないと言われたことをできるとも言わなかった。
夜、居住拠点から『子どもがまだ百九十三人いる』という連絡が届いた。数字の後ろに、学校の名簿が付いていた。
最後の便のため、篠宮は補給官へ追加燃料を頼んだ。答えは不足。護衛艦の機関出力を制限すれば届く見込みがあるが、戦闘の余裕が減る。彼は機関長と長い時間をかけて計算した。戦うために燃料を残すか、逃げる船に寄り添うために使うか。結局、どちらの選択にも傷が残る。篠宮は危険度をそのまま乗員へ伝え、希望者の交代を認めた。誰も席を離れなかった。
艦長は出撃前の点検を短縮しなかった。遅れる分だけ、前線の拠点へ正直な予定時刻を送り直した。
篠宮は許可された護衛範囲を再確認し、最終便を一隻だけ残す案を起こした。命令書には余白がほとんどない。彼はそこへ小さく『移送者の確認を優先』と書き足した。文書より先に人が消えないようにするためだった。




