売られた安心
灯標七の市場で、『真珠艦隊が必ず来る』と書かれた避難札が売られていた。
港湾警備員の九条葵は、札を買おうとした老婆を止めた。紙の札に正規の通航権はない。だが売り手は、特殊な音楽を聞けば艦隊が現れるのだと説明していた。
「そんな証拠はありません」
葵が言うと、売り手は鼻を鳴らした。
「信じるものに払う金だろう」
老婆は札を握ったまま、返金を求めようとしなかった。孫を別の港へ送る予定で、不安が消えるなら何でも持たせたかったという。
葵は売り手から札の束を押収し、老婆を窓際の椅子へ案内した。すぐに罰を与えれば騒ぎが収まるとは限らない。売り手も失業した輸送員で、今朝まで配給を待っていた。
「船に乗る手順を、一緒に確認しましょう」
葵は老婆に登録番号を読み上げてもらった。出航予定も乗船口も、正規の端末に表示されている。
老婆はしばらく黙ってから、札を葵に渡した。
「これがなくても、あの子は行けるのね」
「行けます。危険が消えるとは言えません。でも通れるよう準備はします」
押収した札には、わざわざ真珠色の塗料が使われていた。葵が光へかざすと、普通の銀紙とは違う虹色が浮かぶ。売り手は『本物に見せたかった』と話した。誰も本物の艦隊の材質を知らないのに、見た目が似れば信じてしまう人がいる。葵は札を証拠袋に入れ、規則の説明だけでなく被害者の相談窓口も掲示した。安心を売る商売を止めても、不安そのものはなくならなかった。
葵は市場の掲示板へ、正式な船団の問い合わせ先も大きな字で書き直した。
市場の灯が落ちる頃、葵は売り手を別室で事情聴取した。懐の中には、自分の家族宛ての古い通航札が入っていた。




