腕時計を直す医師
病院船『冬星』で、鷺沢沙耶は患者の腕時計を修理していた。
正確には時計の技術者ではない。医療室に届いた小さな時計が、何度合わせても狂うため、電池と制御部を取り替えていただけだった。持ち主は前線から戻った老兵で、妻との約束時刻を忘れたくないと言った。
「この時間に、毎日連絡することになっていた」
老兵は苦笑する。妻がどの港にいるか、今は分からない。時計だけが手元に残っていた。
沙耶は余っていた検査端末を使い、時計の振れを測った。故障は簡単なものだった。新しい部品を入れると、数字が安定した。
「またずれるかもしれません」
「構わない。手で合わせられるなら」
老兵は時計を受け取ると、しばらくその文字盤を眺めた。
医療室では時間の単位が不規則になっていた。救急搬送が重なれば昼食は深夜になり、子どもの眠る時間もずれていく。沙耶は患者ごとに小さな予定札をつけ、起きる時間だけはできるだけ変えないようにした。
夕方、義肢の調整を終えた少年が廊下を歩いた。手すりにしがみつきながらも、自分の足で十歩進んだ。
老兵は修理された時計を着け、医療室の窓へ歩いていった。『妻なら、この時間は庭にいた』と話す。沙耶は庭の写真を見せてもらった。星系ごとに重力も光も違うが、小さな鉢に花を育てる習慣は多くの土地にあるらしい。老兵が眠ったあと、沙耶は花の名前を看護記録の備考欄へ残した。治療に直接必要のない情報でも、目覚めたとき話せることが一つ増えると思った。
沙耶はその十歩を記録に残した。星系の勝敗がどうなろうと、身体が覚える一歩には時間が必要だった。




