音の記録者
湊透は、真珠艦隊出現時の音声記録を百四十二件受け取った。
そのうち九十件には、楽器に似た波形が残っていた。残りは無音か通常の雑音で、聞いた本人が鮮明に覚えていても装置には記録されていない。透は成功と失敗を同じ表に並べた。
「同じ音楽だと確認できるのか」
上官が聞いた。
「一部は似ています。ただ、完全一致はしていません」
「では偽物が混じっている」
「その可能性もあります。機器の違いもあります」
透は断言を避けた。録音を聴いていると、静かな弦に重なる金管の響きが現れた。しかし別の装置で再生すると、同じ箇所で何も聞こえない。耳の問題かもしれず、記録方式の差かもしれない。
彼は実験室の扉を開け、外の廊下で待つ『芦月』の乗員を招いた。乗員は同じファイルを三度聴き、三度目だけ『ここです』と指した。
「すみません。自分でも分からない」
乗員が頭を下げる。
「謝らないでください。違いがあることを残します」
透は聞こえた位置を記録した。人間の証言は揺れる。だから価値がないのではなく、揺れた事実も観測の一部だった。
音声波形の比較には、古い音楽教師にも協力してもらった。教師は三つの録音を聴き、拍子が揃う部分と揃わない部分を指した。ただし、楽器の名前を当てることはできないと断った。透は説明を記録に添えた。専門家を集めれば必ず答えに着くわけではない。それでも、分からない範囲を狭める方法は増える。教師は帰り際に、こんな音楽は初めて聞いたと呟いた。
夜、透は上官へ報告した。『出現時に複数艦で音楽様現象を確認。発生源は特定できず。消失と同時に終了した証言が多数』。机には未分類の音声がまだ山ほど残っていた。




