信じたい人々
灯標七の共同広場に、真珠艦隊の光景を描いた絵が掲げられた。
描いたのは避難船で生き残った人々だった。真珠色の艦影はどの絵にもあるが、その形は驚くほど違う。赤いものが消えている絵もあれば、すぐ隣に描かれている絵もある。
相談員の宇佐見琴音は、それを一枚ずつ見て回った。広場には、次の出現を祈る小さな集まりができていた。祈りたい人を止める理由はない。ただ、彼らの間で『次に現れたら避難船は出さなくていい』という話が広まっている。
琴音は集まりの世話人と向き合った。
「祈ることと、避難を止めることは分けましょう」
世話人は困った顔をした。家族が生きていると信じるために、何かに頼りたかったのだという。
琴音はしばらく一緒に座った。正しい説明を探しても、正体を知らない艦隊について話せることは少ない。
「明日の配給、手伝っていただけませんか。待っている人がいます」
提案すると、世話人は少し考えてうなずいた。
翌朝、祈りの輪にいた人々が、配給所の列を整理し始めた。絵は広場に残り、祈る者もいた。誰もが同じ結論へ着いたわけではない。
配給に参加した世話人は、昼には腕を上げられないほど疲れていた。琴音は交代の人を呼び、水を渡した。世話人は『誰かを助けられた気がする』と小さく話した。真珠艦隊に祈った気持ちまでなくなったわけではない。琴音はそれでいいと思った。祈りは人を支えることがあるが、他人の避難を止める理由にはならない。広場にはその違いを考える人が少しずつ増えていった。
琴音は掲示板へ避難船の予定表を貼り直した。信じる相手が違っても、今朝のパンを必要とする人の数は変わらなかった。




