音が消えた場所
旋律が止んだとき、稲城結衣は耳鳴りが残ったのだと思った。
だが客室から届いた報告も同じだった。突然、音がなくなった。通信設備の雑音は聞こえる。推進器の振動もある。ただ、さっきまで船内のどこにいても聞こえたオーケストラだけが消えていた。
観測窓の真珠色の光も、そこにはなかった。消える瞬間を見た者は多い。離脱の方向を測れた者はいなかった。
「赤い反応は?」
結衣の問いに、副航海士は航路の後方へ残っていると答えた。数は確定できず、安全宣言も出ていない。
『芦月』から通信が入った。護衛継続、定期点検のため速度低下。そこで初めて結衣は、護衛艦の船尾が黒く焼けていることに気づいた。
船内では真珠色の光を見た人々が、残っている赤い脈動を指さした。『あれが消えたら安全なのに』と誰かが言う。返事はなかった。
結衣は船内放送を入れ、食事配給の再開と体調不良者の申告を知らせた。音楽を聞いていた間、何人も持ち場を離れている。安全な船へ戻すには、当たり前の仕事を一つずつ始めるしかなかった。
推進室では音楽が消えた直後、機関の微かな異音に気づいた。技師が点検すると、冷却弁が過度に締まっていた。音楽が流れている間、異音を聞き取れなかった可能性がある。結衣は修理後の数字を確認し、船団へ注意を伝えた。艦隊が姿を消したからこそ、見落とした小さな故障が表に出る。警戒を解く余裕はなかった。
技師たちは作業記録に、音が聞こえていた時間帯を添えた。後の点検で同じ異常を探すためだった。
外の宇宙は、元の暗さを取り戻していた。結衣は航路を確認する。目的地までまだ遠い。あの光は、乗客の誰かを迎えに来たわけではなかった。




