帰港しない護衛
護衛艦『芦月』の艦長、篠宮航は、帰投報告に「敵艦撃破」と一度も記さなかった。
赤色未同定群。軍が与えた呼称はそれだけだった。艦とも生物とも判別しきれない赤い物体が、船団の外縁で幾つも脈打った。『芦月』は六隻の貨物船を護衛して出たが、灯標七へ帰せたのは四隻だった。
「こちらの砲撃は有効でしたか」
副長の白石が尋ねる。篠宮は戦闘映像を止めた。青白い砲線が赤い表面に触れ、その先の映像だけが欠けている。命中したのか、通り抜けたのかも分からない。
「有効と断言する記録はない」
「二隻の件は」
「最後の位置を添えろ。沈没認定はするな」
船団後尾の補給艇からは、最期まで退避路を照らす信号が出ていた。その光が消えた瞬間を、篠宮は今も覚えていた。乗員三十六名の名簿を閉じると、手袋越しに指が震えた。
整備甲板では、帰還した砲手たちが砲塔の焦げた外装を削っていた。次の護衛依頼はもう届いている。休ませたいと考える一方、彼らを交代させる要員はいなかった。
「艦長、帰投祝いの食事を出すと厨房が」
白石が言いかけた。篠宮は小さくうなずいた。
「出してくれ。帰ってきた者が食べないと、次に出る者へ渡せない」
戦闘後の点検では、第一砲塔の軸がわずかに曲がっていた。修理を急ぐ砲術長に、篠宮は休憩を先に取らせた。代わった整備員が傷を見つけ、交換できる部品を探し始める。互換品しかないと分かると、艦長自ら試験値を確かめた。次の出撃を早めることより、そこでまた戻れることが大事だった。
窓の外では避難船が一列に並んでいた。彼は二隻の最終座標を消さないまま、新しい護衛線を引いた。




