窓を背にした少女
『暁環』の客室では、岡倉絵里の娘が窓に背を向けて座っていた。
真珠色の艦影が見える側では乗客が集まり、窓辺の争いを防ぐため乗務員が立っていた。娘は一度だけ外を見たあと、椅子に戻って靴紐を結び直した。
「見なくていいの?」
絵里が聞くと、娘は小さく首を横に振った。
「音が怖いわけじゃない。でも、みんなが見てる顔が怖い」
絵里は隣に座った。静かな音楽を前に、人々の表情はそれぞれ違っていた。泣いている者、笑っている者、動けなくなった者。『救われた』と口にした人がいた。すぐ隣では、家族を失ったばかりの男性が耳を塞いでいた。
船内の案内放送が、廊下にとどまらないよう呼びかける。絵里は娘の手を取って客室奥の小さな作業卓へ移った。
老人がくれた糸の星を鞄につける。娘は結び目を確かめ、ほどけないよう二度締めた。
「お父さんにも、これを見せたい」
「そうね」
絵里は答えた。夫の行方はまだ分からない。見えない艦隊が何をしていようと、その事実は変わらない。
音楽は途切れず続いていた。客室の照明が瞬き、乗客たちが一斉に顔を上げる。単なる出力切替だと説明が入り、少しずつ声が戻った。
客室の小窓には、誰かが手のひらで触れた跡がいくつも残っていた。絵里は娘と一緒に布で拭いた。こんなときに掃除をするのかと笑う人もいたが、娘は気にしなかった。見慣れた作業を続けるうちに、震えていた指が少し落ち着いた。布を畳んで係員へ返すと、娘は次も手伝っていいかと聞いた。絵里は笑ってうなずいた。
娘はようやく笑って、糸の星を母に見せた。絵里はそれを指でなぞり、外を見ないまま音を聞き続けた。




