聴こえないはずの音
『芦月』の通信士は、最初に異常を告げた声の主を覚えていなかった。
「音が、流れています」
艦橋では誰も機器に触れていない。戦術通信は静かで、船内放送も停止している。それなのに、遠くで弦が弾かれ、幾つもの金管が息を合わせるような音が聞こえ始めた。
艦内の別区画からも報告が上がる。機関室、医療室、閉鎖中の格納庫。ヘッドセットを外した者まで同じ旋律を聞いていた。音量は大きくないが、耳を塞いでも消えない。
三崎千秋が窓を指した。
星々の間に、見慣れない光が浮かんでいた。白でも銀でもなく、薄い桃色や青を帯びて輝く複数の艦影。光を受けて反射しているのか、自ら光っているのか判別できない。艦の形は確かにある。だが人類軍の識別図には、似た輪郭すらなかった。
「所属信号、ありません」
呼びかけにも応答はない。篠宮艦長は退避船団への警告を優先し、砲塔に発射禁止を命じた。
オーケストラのような音は続いていた。調べる者も、祈る者も、黙って窓を見る者もいた。
医療室の記録係から、心拍数が上がった患者と落ち着いた患者が同じ数だけいると連絡が来た。千秋はその数字も保存した。音楽を聞いたことで何が変わったか、今は推測できない。戦術画面には赤い警戒点が残っていた。真珠色の光を写すカメラを増やす一方、赤を監視する人員は減らさなかった。篠宮艦長の指示だった。
通信士は発生時刻を秒単位で記した。音楽に聞き入る間にも、避難船の位置は変わっている。全員が窓を見ているわけにはいかなかった。
千秋は星図へ新しい光点を写した。識別欄には、初めて何も書き込まなかった。未知を未知として残すことが、今の彼女にできる最も正確な仕事だった。




