向こうの時計
霧生四に避難した少女は、持ってきた壊れた時計を修理窓口へ持っていった。職人は背面を外し、中の細かな歯車を見せた。部品の一つが欠けている。
「交換できる?」
少女が尋ねた。職人は同じ形の部品がないと答えた。ただし他の古い時計から流用できるかもしれない。少女は直らないなら預けなくていいと言い、箱へ戻そうとした。
「音だけなら聞けるようにできるよ」
職人は動力の違う小さな機構を示した。少女は首を振る。この時計の針が動くのを、冷域九へ残った兄と一緒に見たかったのだ。
職人は新しい時計を勧めなかった。欠けた歯車の寸法を紙へ写し、修理できる工場を探すことにした。少女にはいつでも取りに来ていいと伝えた。
職人は町の小さな修理工場へ、歯車の寸法だけを送った。製造年が古く、現行の規格には合わない。工場の人は、修理できると約束する前に写真が欲しいと言った。少女は時計を箱から出し、職人と一緒に表と裏の写真を撮った。彼女が大事にしていた傷まで、画面にはくっきり写った。『そこは直さないで』と頼むと、職人は赤い印を付けてくれた。壊れた時間を直すのではない。兄と見た物を、そのまま動かせるようにしたいのだと職人にも分かった。
少女は修理の控えに自分の名前を書いた。筆圧が強く、紙に小さな跡が残った。職人はそれを見て、控えの写しをもう一枚渡した。なくしても問い合わせできるよう、店の場所を大きく記した。
帰り道、少女は居住棟の教室で描いた時計の絵を見上げた。絵の針は、最初から動かない。それでも少女は兄の名前を声に出してから、箱を大事に抱え直した。




