留守の机
霧生四の堀江絹は、仮設居住棟に空いた小さな机を整理していた。冷域九の第二便で来た家族が移り、前に住んでいた人の持ち物がひとつだけ残った。折りたたみ式の定規だった。
「持ち主は分かりますか」
清掃員が尋ねる。絹は割り当て名簿を開いたが、その部屋を使った家族は何組もいる。定規には小さな傷があり、裏側へ星の形が彫られていた。
廃棄は簡単だった。それでも絹は掲示板へ写真を出し、本人が申し出る期間を設けた。写真を見た少年が、自分のだと名乗り出る。彼は避難船で家族の荷物を測っていたと言った。
「どうして机に残したの」
少年は少し考え、次の人も使うかもしれないと思ったと答えた。絹は定規を返す前に、新しい住民へ貸し出す道具を集めている話をした。
翌日、少年は定規を持って戻った。『貸していい』と紙に書き、名札をつけた。絹は勝手に皆の物にせず、所有者の欄に少年の名前を残した。
貸出簿に道具を登録するため、絹は持ち主が分かるものと、誰の物か不明なものを棚で分けた。忘れ物はすぐ共同の物にできない。避難の途中で荷物を失った人ほど、手元に残った道具を大切にしていることもある。少年は自分の名前を何度も書き直し、読みにくい文字を整えた。彼の家族は遠くの棟に移ったばかりで、まだ新しい廊下を覚えていないという。絹は貸出の手続きが終わると、一緒に玄関まで歩いて帰り道を確認した。
借りた定規を返す係員は、元の場所へそっと置いた。棚に名前が残っているのを見て、持ち主がまだこの棟にいることを知った。絹は破損しないよう小さな箱を用意し、持ち出す時の手順も書いた。
その夕方、冷域九から届いた箱の寸法を測るため、係員が定規を借りに来た。絹は貸出簿へ一行を足した。戦争で運ばれた小さな道具が、知らない誰かの手へ渡っていく。




