帰らない星図
『芦月』の観測士、三崎千秋は、艦橋の星図を手書きで補っていた。
二十秒の赤い光のあと、位置測定装置は少しずつずれ続けている。補正用の恒星を三つ選んでも数字が合わず、四つ目を足すと今度は別の星の距離が狂った。
「機械の故障でしょうか」
「故障なら、修理で直る」
千秋は答えながら、窓の向こうを見た。何千年も変わらないはずの星の並びが、ほんの少し違って見える。疲れのせいだと言い聞かせても、胸の底は冷えたままだった。
船内の簡易診療所では、頭痛を訴える乗員が列を作っていた。通信時計を修正しても互いの腕時計が合わない。艦長は全員に補助時計を配るよう命じたが、千秋は計算紙の端に「補正不能」と書くしかなかった。
それでも避難船の航路は守らなければならない。彼女は測定できる星を一つずつ探し、使えないものには印をつけた。二時間かけて、ようやく細い安全帯が見つかる。
「ここなら通せます」
篠宮艦長がうなずいたとき、千秋は肩の力が抜けるのを感じた。
夕食は乾いたパンだった。机の上で星図を押さえる手が震え、食べ終わっても紙から離せない。
艦橋の片隅には、古い航海学校で使っていた紙の星図が残っていた。千秋はそれを持ち出し、現在の観測値と比べた。古い図が正しいとは限らないが、機械の表示と違う場所を知る手がかりにはなる。彼女は後輩へ、計算の答えではなく計算の過程を写すよう頼んだ。どこで誤りが生じたかを後から追えるようにするためだった。
後輩がそっと重しを置いた。「明日の分は僕が見ます」。千秋は礼を言い、航路を指で確かめた。帰る場所があるから、星の位置を知りたいのだ。




