出発を決める席
護衛艦『芦月』の冷却板交換が終わり、試運転の結果が届いた。篠宮航は音羽叶芽から説明を受けた。通常出力なら問題ない。しかし最大負荷を続けた場合の寿命はまだ分からない。
「護衛には戻れますか」
白石が訊く。篠宮は試験表へ目を落とした。赤色未同定群との交戦を想定した出力では、十分な安全を確認できない。
「救難路の後方警戒なら引き受ける」
前線へ出る艦を持たない評議会にとって、後方警戒も重要だった。篠宮は役割を細かく限定し、無理に前へ出ることを禁じるよう文書へ書いた。
叶芽は少し残念そうだった。
「もっと強い部品を作れればよかったんですが」
「帰れる部品を作ってくれた」
篠宮は答えた。彼女はようやく小さく笑った。
出航の前に、艦内で休息と訓練が行われた。砲術長は新しい出力制限を覚え、通信士は冷域九への連絡経路を確認した。
一人の水兵が艦長に敬礼すると、篠宮はその手に握られた整備票へ目を向けた。各部署の署名が揃っていることを確かめた。
最後の点検では、医療区画の酸素ボンベも数え直した。白石は出撃前の乗員に、今回の役割が戦闘ではなく退避路の支援であると説明した。兵士の中には複雑な顔をする者もいた。誰もが前へ出たいわけではないが、後方に残ることを誇りに思えない人もいる。篠宮は彼らへ任務の意味を繰り返し伝えた。帰ってくる船が一隻増えるなら、その仕事にも十分な価値があった。
艦長席の前にある星図には、まだ広い赤い区域が残っている。その縁を守ることしかできないとしても、いま動ける艦が一隻ある。その事実だけを確かめ、篠宮は出航許可書へ署名した。




