出航しない船の料理
『星渡』の厨房では、調理主任の吉原春生が保存食を温めていた。出航予定が未定のまま、船員は港に留まっている。料理の数を減らそうという声もあったが、春生は反対した。
「動いていない船にも、人間は乗っています」
保存食の残りを調べると、期限の近い箱があった。出航後の航海用に取っておいたものだ。春生は港の市場へ持ち込み、代わりに新鮮な野菜を少し分けてもらえないか交渉した。
市場の店主は最初難しい顔をした。野菜は住民のために確保したものだという。春生は交換品の量と保存期限を説明し、必要なら市場の検査官に確認してもらうと伝えた。
交渉が成立し、食堂に温かな野菜の煮込みが出た。船員の一人が、故郷の味に似ていると笑った。
だが翌日の献立にはまだ空欄がある。春生は港の食堂へ調理の手伝いを申し出た。作業時間を交換する形なら、食料だけをもらうより気が楽だった。
春生が作った食事は、出航を待つ整備員にも運ばれた。昼の作業が長引いた人は冷めた皿を受け取ったが、温め直す方法も添えられていた。小さな厨房でも、できることはあった。
船員には、翌朝の食事も同じ時刻に用意すると伝えた。
春生は市場で野菜を運ぶ人々の疲労も目にした。空になった箱を片づけるのを手伝うと、店主が古い料理の話をしてくれた。遠い海を持つ星では、保存食へ香草を混ぜていたという。春生はその配合を書き留めた。船の食事を変えるために、必ずしも新しい物資が要るわけではない。少しの工夫で、同じ材料を違う味にできる。彼は今夜の献立へ一行だけ付け加えた。
船は出航しないまま夕食を迎えた。厨房から立つ湯気は、航路図の上には映らない。それでも待っている人の一日を、確かに支えていた。




