二十秒の赤
護衛艦『芦月』の警報が鳴ったのは、航路変更から六時間後だった。
観測士は赤い点を一つ報告し、直後に二十七へ修正した。次の瞬間には数が表示できなくなった。篠宮は敵数の欄を閉じ、距離と方向だけを表示させた。
「暁環を迂回路へ。こちらは後方につく」
砲術長が発射許可を求めたが、篠宮は待たせた。赤い脈動は遠く、まだ民間船の進路と重なっていない。撃てば何が起こるのか、これまでの戦闘でも答えは得られていなかった。
赤が突然、観測窓いっぱいに広がった。距離計は依然として遠方を示している。船体が軋み、操舵席の警告が一斉に点灯した。
「二十秒だけ維持しろ」
篠宮は言った。その二十秒で暁環が迂回機動へ入れる。整備の間もなかった推進器が震え、艦内の照明が半分消えた。
砲術長が握る発射桿に汗がにじむ。誰も何かを叫ばなかった。
二十秒が過ぎ、赤い光は遠ざかったのではなく、表示から消えた。艦橋には解除されない警報だけが残る。
「撃たなかった判断は正しかったのでしょうか」
砲術長の問いに、篠宮は暁環の位置を示した。
「少なくとも、あの船はまだ進んでいる」
急な姿勢変更で、隔壁の固定具が一つ外れていた。乗員が応急処置を施す間、篠宮は艦内の各区画から異常がないか報告を取った。医療室では軽い打撲が二件、機関室では冷却管が一本損傷。どれも今すぐ艦を止めるほどではない。それでも彼は『異常なし』とは書かなかった。小さな傷を放置すれば、次の帰港を阻むかもしれない。
護衛艦は傷んだ推進器をいたわりながら、民間船の後ろへ戻った。どの方向に敵がいるのか、最後まで分からなかった。




