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「もちろんですよぉ」
隣に立つマリがにっこり笑って頷く。
ここから言葉を尽くそうとしていた僕は、驚いて彼女を見つめた。
し、信じてくれるのか? えっ!? じ、自分で言っておいてなんだけど、なんで!?
だってこれって、そんなに簡単に信じられるようなことじゃないだろ?
「あれぇ? なんですかぁ? そのビックリ眼」
「いや……だって、あまりにもすんなりと信じてくれたから……」
「そりゃ、信じますよぉ。あなたはルクシリアお嬢さまですもん。少なくとも、あなたの身体は絶対に」
はっきりと言い切ったマリに、デリックが不審な目を向ける。
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「身体の特徴が一緒だからですよぉ~。体型が同じってだけじゃないですよ? 肌質や髪質も同じ。私たちお嬢さま付きの者以外は見たことがないであろう場所にあるちょっとした痕やほくろなどの特徴まで同じなんですよ? この人がお嬢さまに化けて私たちを騙そうとしているとして、肌質や髪質まで似せることなんてできるんですか? それはかなり難しいと思いますけどぉ~」
「……! それは……」
「むしろそこまでできる人だったら、さっきの話の繰り返しになりますけどぉ、お嬢さまが普段は絶対にしないことをやって疑われるなんて、そんな馬鹿みたいなミスしないと思うんですけどぉ」
「…………」
「あとはクセや仕草ですね、身体に染みついているであろうそれが、お嬢さまとまったく一緒です。たとえば、言いづらいことがあるときに胸もとで人差し指にお髪を巻きつけたりだとか」
「え? 僕、そんなことしてた?」
もちろん僕にそんなクセはない。当たり前だろう? 僕はロングヘアじゃないからな。そもそも『胸もとまでの髪』なんてものがないのに、そんなクセがあるわけない。
「なさってましたよぉ。『よければお茶を飲みたいんだけど』っておっしゃったときも」
「そうなんだ……」
身体に染みついたクセ……か……。
あらためて実感する。僕は今、ルクシリアになっているんだ……
「なので、この方は間違いなくルクシリアお嬢さまですよぅ。ルクシリアお嬢さま付きの私が保証しますぅ」
マリが自信満々に胸を叩いて断言する。
「……今のは、非常に説得力がありました」
しばらく難しい顔をしてなにやら考え込んでいたデリックがそっと息をついて、僕を見る。
「では、あなたの名は?」
「え……?」
待って。今、『お前』じゃなくて、『あなた』って言った? 聞き間違い?
「ルクシリアお嬢さまの中にいても、ルクシリアお嬢さまとは別人という認識なのでしょう? では、あなたにはあなたの名があるのではないですか?」
ポカンと口を開けた僕に、デリックが『あなた』と繰り返す。
こ、これって、一応信じてくれたってことだよな? やったぁ! とりあえず味方ゲット!
「み、水城純也と言います!」
「ミズキジュンヤ?」
「はい、ええと……」
僕は屈んで、床にまき散らされた湯に指をつけると、木のテーブルに『水城純也』と書いた。
「……見たことがない文字ですね……。東の大国――龍のそれに似てはいますが……」
まぁ、そうだろうね。そこが、ゲームの設定って便利だなってつくづく思ったところだ。
この国――アストリア王国の公用語はアストリア語という設定だ。
事実、ルクシリアの部屋にある本はみんな、ミミズがのたくったような文字で書かれていた。
でももちろん、ゲームにおいてキャラクターたちはみんな日本語を話していたし、今も日本語を話しているように聞こえる。
だけどやっぱり、マリの書きつけだったり、屋敷内のそこかしこで見る文字はミミズなんだよ。
これってどういうことなのかと思ったら、どうやらキャラクターたちは日本語を話してしてるんじゃなくて、自動的に翻訳されて聞こえているっぽいんだよね。
それだけじゃない。僕が話す言葉もすべて自動的にアストリア語に翻訳されて、みんなに届いているっぽい。
あくまでも、この国の言語はアストリア語という設定があるからだ。便利だろ?
ちなみに文字は読めるのかというと――これが読めるんだよ。ミミズなのに。どうやら文字も、頭の中で日本語変換されるみたいだった。
ただ、書けはしなかったけどね。さすがにそれは設定の力でも無理だったみたいだ。
「でも、この……僕の名前を呼んでもらうのは、その……かなり抵抗があります……」
それは、ルクシリアのアイデンティティを奪うことにもなりかねないような気がして。
あくまでもこの身体はルクシリアのものだから。
この人生も、ルクシリアのものだから。
僕はそれを一時的に借りているにすぎないと思ってる。
僕はまだ生きているのか、僕は僕の世界に戻れるのか――そのあたりはまったく不透明だけれど、それでもそれは変わらない。
でも、この世界で本来生きるべきは、ルクシリアだ。
僕は少し考え、あらためてデリックを見た。
「あの……じゃあ、僕のことは『ルカ』と呼んでもらえませんか?」
「ルカ?」
「はい、『ルクシリア』の愛称って、『ルクシー』とか『ルキシー』とか『ルーシー』になると思うんですが、綴り的には『ルカ』もいけますよね?」
「そうですね」
「ちなみに、ルクシリアお嬢様は、愛称はなにを使ってらっしゃるんですか?」
デリックとマリが顔を見合わせる。
「たしか『ルーシー』だったのではないかと。まぁ、愛称で呼び合うほどの仲の人はごくわずかのようですが」
「そうですね。ルクシリアさまが愛称で呼ばれているところを見たことはないですぅ」
そうなのか。
「じゃあ、『ルクシリア』の愛称に使えて、男性名でもある『ルカ』と呼んでもらえると嬉しいです」
それだと、ルクシリアを呼ぶのと同時に、ルクシリアの中の男性の僕を呼んでいることにもなるんじゃないかと……。
「ルカ、ですか……」
デリックは小さく呟いて――それからハッとしたように身を震わせ、ギロリと僕をにらみつけた。
「待ちなさい。貴様は男なのですか?」
あ。
ヤベぇ……。思いっきり『僕』って言ってたからすでにバレてるもんだとばかり思ってたけど、もしかして英語の『I』みたいに性別を感じさせない一人称に翻訳されてたのかな? うわぁ! マジか! 失敗したぁ!
「は、はい……。すみません……じ、実は……そうなんで……」
「おい、冗談は存在だけにしておけ」
「か、勝手に僕の存在を冗談にするなよ!」
そりゃ、ゲームのキャラクターに転生したのか憑依したのか、とにかくこの状況は冗談みたいなものだけど! それでも僕は――って言うか僕こそが、ちゃんと実在する人間なんだからな!
「お、お嬢さまの身体に、粗野で野蛮で下種で愚劣な男が入っていると!? そんなことが許されていいのか!?」
デリックがあり得ないとばかりに頭を抱える。
そ、粗野で野蛮で下種で愚劣って……めちゃくちゃ言うなぁ、お前も男のクセに。
いや、でも気持ちはわかる。本人(僕)ですら犯罪だって思うしな。
「いや、あの……ええと……」
「やはり貴様は排除すべきモノと判断しました」
さっきよりもすさまじい殺意を滾らせて、デリックが多節鞭を構える。
えええっ!? そ、そう来る!?
「ま、待て! 落ち着け! 美味しいお茶淹れるから! それ飲んで、一旦落ち着こう! な?」
「問答無用っ!」
ものすごい速さで多節鞭が唸り、物を薙ぎ払い、打ち壊す。
「わ、わぁああっ!」
僕はマリの手を引いて、パントリーを飛び出した。




