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「ルクシリアお嬢さまをお救いするため……? なにを根拠に?」
は? なに言ってんだ。根拠なんてあるはずないだろ?
っていうか、そもそもそんなこと微塵も思ってない。僕がここにいることに意味があるなんて。
だけど同時に、仮にこのゲームの世界から抜け出せるなら、僕がもとの身体に帰れるなら、この身体をルクシリアに返せるなら、それはなにかを成し遂げたときなんじゃないかとも思ってる。
根拠なんてなにもない。そもそも、僕はまだ生きているのか――それすらわからない状態だからな。
本当に、もし僕が僕の人生に還れる道があるのなら――の話だ。
「逆にお訪ねしますが、ルクシリアお嬢さまは『ついうっかり』で池に落ちてしまうような御方なんですか?」
デリックがピクリと眉を跳ね上げる。
違うよな? あのときはまだ目覚めたばかりで混乱していたけれど、僕はたしかに聞いている。奥さま――ルクシリアのお母さまのひどく困惑した声を。
『ねぇ、ルクシリア。なにがあったの? あなたが池に落ちるだなんて』
二日間も昏睡状態だったんだ。意識が戻っただけでは、とてもじゃないけど安心なんてできない。まずは身体の状態を調べて、適切な処置をして、容体を安定させることが先決。話なんて二の次、三の次でいい。
そんなことは奥さまだってわかっているはずだ。それでも、訊いた。『なにがあったの?』と。どうしても訊かずにはいられなかったんだ。
それはなぜか。
うっかり池に落ちるだなんて、普段のルクシリアなら絶対に考えられないことだからだ!
「僕はルクシリアお嬢さまではありません。少なくとも僕自身は、別人であると認識しています。実際のところはわかりません。もしかしたら、ルクシリアお嬢さまの別人格なのかもしれない」
「別人格ですって?」
「繰り返しますが、たしかなことはなにもわからないんです。僕がルクシリアお嬢さまの前世で、一時的に前世の記憶と自我を取り戻した状態なのか、僕という別人の魂がルクシリアお嬢さまに憑依したのか、ルクシリアお嬢さまの中で僕という別人格が生まれたのかもわかりません……。調べようもありませんし、たしかめようもありませんからね」
もちろん、僕はルクシリアの別人格なんかじゃない。むしろ、僕こそが水城純也という現実に存在する人間で、対してルクシリアは乙女ゲームの中のキャラクターにすぎない。
でも、ここが乙女ゲームの世界だという事実は伏せておきたい。それは絶対に言うべきじゃない。そんなの信じてもらえるわけないからな。ただ話をややこしくするだけだ。
そうなると――この説明が一番受け入れやすいと思う。
「…………」
頭をフル回転させながら、次の言葉を探す。
すぅっと冷汗が背中を滑り落ちてゆく。
大丈夫だ。僕ならできる。交渉もプレゼンも得意だったじゃないか。
切り抜けろ!
「ルクシリアお嬢さまが池で溺れて、意識不明に陥った。ルクシリアお嬢さまに別人の意識が宿った。普通に考えたらあり得ないことが同時に起きたんですよ? だったら、この二つに関係がないと考えるほうが不自然じゃないですか?」
デリックがなんだかひどく不愉快そうに眉を寄せる。
「……たしかに、関係はあるのでしょう」
だけど、僕の言葉自体には異論がなかったのだろう。一つ息をついて頷く。
「でも関係があるだけでは、お前がルクシリアお嬢さまにとって無害である証明にはならない。お嬢さまの危機に便乗して、その御身体を乗っ取ろうとしているのかもしれないじゃないですか」
「本気で言ってます? ルクシリアお嬢さまの身体を乗っ取るために池に落として溺れさせた? それはリスクが高すぎませんか? 下手すりゃ死んでましたよ?」
実際、二日も意識不明だったわけだしな。
「それとも、ルクシリアお嬢さまが池で溺れたのは事故で、それを利用して身体を乗っ取ろうとしているって言いたいんですか? 彼女をよく知る人間なら起きるはずもないと思っていた事故をチャンスと見定めて瞬時に行動できたのだとしたら、僕、優秀すぎませんか? それができるなら、今ここで鞭を突きつけられてないと思うんですけど」
そうだよ。それができるなら、そもそも奥さまに『あなた、誰ですか……?』なんて言わないし、使用人に不審がられることもしていない。もっと上手くルクシリアのフリをしているさ。
「ルクシリアお嬢さまが普段は絶対にしないことをがっつりやって、それで思いっきりバレて、刃物突きつけられて尋問されてることがすでに、僕が無害である証拠だと思うんですけど……」
「まぁ、たしかに、はげしくマヌケではありますね」
……マヌケは言いすぎじゃない? 傷つくんだけど。少し迂闊だなぐらいにしておいてくれよ。
「でも、そんなマヌケにルクシリアお嬢さまが救えるとも思えないのですが?」
おっと……そう切り返してきたか。
僕は肩をすくめた。
「たしかに、ルクシリアお嬢さまを助けるのに必要なのが武力や権力や財力なら、ルクシリアお嬢さまの中に僕が宿ることはなかったと思いますよ。あとは魔力? 魔法? みたいなものも。そういう方向では、僕はなんの役にも立ちませんよ」
でも、そういったわかりやすい力ではどうにもならなかったから、ルクシリアは若くして死か破滅を迎えてしまうんだ。
その運命を変えるには――ゲームのルクシリアでは得ることができない力が必要なんだと思う。
「神聖力もなく、魔力もなく、武力も権力も財力もなく、それでもお前はルクシリアお嬢さまを救うためにここにいると言っているのですか?」
「はい、そのとおりです」
「話にならない。どうやってそれを信じろと?」
デリックはハッと鼻で笑う。――うん、そう言いたい気持ちはわかるけど、腹立つな。その態度。
「じゃあ逆に訊きますけど、今のお茶を飲んで、僕にはなんの力もないって思ったんですか?」
「……! それは……」
デリックがグッと言葉を詰まらせる。
なにも感じなかったわけがないよな? あれはこの世界にはない知識なんだから。
むしろ感じたからこそ、お前は僕がルクシリアではないと確信を得ることができたんだ。
「デリックさんが感じたものこそ、僕の力です」
僕は、ここが乙女ゲームの世界であることを知っている。
この世界のベースとなった世界――僕が暮らしていた世界の存在を知っている。
この世界の設定――この世界がこれから進む道筋を知っている。
ルクシリアに待ち受ける結末を知っている。
それをひっくるめたこの世界にはない知識。この世界の人間が持ちえない知識。
それこそが僕の力。
僕の――武器だ。
「僕は、この世か――いえ、この国の人間じゃありません。少なくとも、僕の認識ではそうです。僕は、はるか遠い別の国で、お茶のインポーターをやっていました」
「インポーター?」
インポーターとは、海外の紅茶の生産地から紅茶を輸入して紹介する職業をいう。
簡単に説明すると、インドやスリランカ、中国などから、品質のいいお茶(僕が扱っていたのはおもに紅茶だったけど)を厳選して輸入して、様々な企業やお店、消費者のもとへ届ける仕事だ。
紅茶店に良質な紅茶を卸しているだけではなく、百貨店などで開催される英国フェアなどのため外国の有名ブランドや新進気鋭ブランドの紅茶を手配したり、さまざまな飲料メーカーの紅茶飲料開発の監修をしたり、外国ブランドに負けない国産紅茶を生み出すプロジェクトを立ち上げたりと、紅茶に関係することはかなり手広くやっていた。
そのほかにも、日本・海外含めて、いくつもの紅茶にかんする資格も持っている。
このゲームを知ったきっかけも、キャラクターのイメージグッズの紅茶の監修をしたからだ。
ゲームの世界観と設定、キャラクターの資料を読み込み、ゲームの大ファンだった真理ちゃんの語りもがっつり拝聴したうえで、キャラクターのイメージに合うフレーバーティーを作り上げた。
そういえばデリックの紅茶は、二種類のシナモンにクローブ、八角、黒胡椒、オレンジピールの少しクセのあるスパイスティーにしたっけ。クセがあるけど、それがチャイにしたら甘くて絶品な。
……いや、コイツの性格、スパイシーどころじゃないだろ。
今、あのイメージ紅茶、ものすごく作り直したい……。
いやいや、そうじゃない。今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
僕は横道に逸れかけた考えを軌道修正して、胸をトンと叩いた。
「だから、僕は、この世か――この国の人間にはない視野を持っています。常識も、知識もです。それは間違いなく大きな武器でしょう。だけど反対に、僕はこの国のことには詳しくありません。ルクシリアお嬢さまのこともです。だから、僕だけではきっと望む結果は得られない。それじゃ意味がありません」
そこで一旦言葉を切って、まっすぐデリックを見据える。
さぁ、ここからだ。
「僕を信じてください」
彼らを――味方に引き込めるか。
「そして、僕を助けてください! あなたがたの協力が必要です! どうか……!」




