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「え? でも……」
「緑茶に含まれるカテキンは、血中コレステロールの低下、体脂肪低下、抗酸化作用、抗菌作用、脱臭作用、血圧上昇抑制作用、血糖値上昇抑制作用、がん予防などに効果がある。カフェインは、覚醒作用に利尿作用。テアニンは神経細胞保護作用にリラックス作用も。ビタミンやミネラル類も豊富でほかにもいろいろ。それらはね? 美味しく飲んだからって消えはしないんだよ」
マリが目を丸くして、デリックを見る。
デリックは茶碗を置いて――鋭い視線を僕に向けた。
「さらに、ミントも緑茶とは違うビタミンやミネラルが豊富なうえ、メントールやフラボノイド、タンニン、ミントポリフェノールの成分も、心や身体にさまざまないい影響を与えてくれるんだ。
レモンピールは栄養成分的に『これに効く』って言えるほどの量を入れてないけど、リモネンって香り成分だけでも、リラックス作用や抗不安作用がある。蜂蜜だって、ただ甘くするだけじゃない。蜂蜜はビタミンやミネラルが豊富に含まれた天然甘味料だ。ものすごく吸収率がいいから、すぐにエネルギーとして身体にエンジンをかけてくれる」
そこまで言って、ハッとする。マズい……。これ、この世界にはない知識じゃないか? モデルとなった十九世紀後半のヨーロッパにはまだ栄養学ってないもんな……。
「ビ、ビタ……? カティ……? メント……? え、えーっと……」
「あ、ああ、えっと……良薬は口に苦しって言葉もあるし、苦くて渋くて不味いそれのほうが薬を飲んでる気になるだろうけど、美味しいこれのほうがよっぽど薬としての効能は高いってこと」
「へぇ……!」
マリが信じられないといった様子で茶碗を見つめる。
「緑茶にミントとレモンと蜂蜜の効能もかけ合わせているから、ですか?」
「そ、そう! そういうこと!」
デリックの言葉にホッとしながら頷いて――そしてそこでようやく僕は、彼の不穏な視線に気がついた。
突き刺すように鋭く、親の仇かなにかに向けるような苛烈な目だ。な、なに……? 「え……? ええと、デリックさん?」
「…………」
デリックが無言で背後――腰あたりをさぐり、なにやら取り出す。
護拳と呼ばれる、拳を覆うような形の鍔がついた柄――サーベルの持ち手のようなものだ。
だけど、刃はない。いや、あるにはあるんだけど刀の形になっていない。槍の先っちょのような小さな三角のものがちょんとついているだけ。
「……?」
なんだ? あれ。
内心首を傾げた瞬間、デリックがその柄を無造作に振る。
すると、まるで特殊警棒のように――いや、完全に三角の刃と護拳のある柄がついた特殊警棒といっていいとおもう――硬質なジャキッという音がして、刃と鍔の間が伸びる。
そして、大体サーベルと同じぐらいの長さになったそれを、僕の鼻先に突きつけた。
「ッ!? な……!」
「ちょ、ちょっと! デリックさん!? なにを……!」
マリがギョッとした様子で身動きする。
そんなマリを素早く目で制して、デリックは僕をにらみつけると、ゆっくりと口を開いた。
「――お前は誰です?」
「ッ……!」
さらに鋭さを増した目にゾクッと背中が震える。
「お前はルクシリアお嬢さまではない。何者だ。――答えろ」
「そ、それ……は……」
いや、一応ルクシリアではあるんだよ? この身体は彼女のものなんだから。
あれ? でも……待てよ? それって結局、『僕はそう思う』ってことでしかないわけだよな。はっきりと証明されたわけじゃないから。
しかしそうは言っても、それを確認する方法もない。
ここが間違いなく乙女ゲームの世界で、この身体は間違いなくルクシリア・ディ・ラヴァリエのもので、その中にいるのが間違いなく水城純也であることを証明することなんてできない。
「答えろ! 貴様は何者だ! ルクシリアお嬢さまをどうした!」
デリックが叫ぶ。い、いや、どうしたって言われても! むしろいったいなにが起きているのか知りたいのは、僕のほうなんだけど!
「答えないつもりか? じゃあ、それはあとで身体にじっくりと訊くとしよう!」
なにをどう答えていいものかわからず口ごもっていると、デリックがあの奇妙な武器をヒュンと音を立てて振り上げた。
「はっ!?」
えっ!? ふ、振り上げた!? あの形状で!?
柄がついた短い槍みたいなもんだろ!? あれは『突く』ものなんじゃ!?
驚く僕の目の前で、デリックが大きく振り上げたそれを勢いよく振り下ろす。
瞬間、槍のような穂先がついたの特殊警棒が一気にバラけて、さらに伸び、うねった。
「た、多節鞭!?」
槍の穂先と多数の節を持つ金属の鞭に一気に変化したそれに、愕然とする。
いやいやいやいや! 待て待て待て待て! おかしいおかしい! なんだよ!? この乙女ゲーム、バトル要素があんのかよ!? 執事が暗器出してきたんだけど!? あ! そうだ! コイツの本業は暗殺者だった! じゃあ、設定どおりなのか!? いや、でも乙女ゲームだろ!?
「ひえっ!」
咄嗟に頭を抱え込んで身を屈めると、鞭が僕の背後の壁――それこそまさにさっきまで僕の頭があったあたりを凪ぎ払う。
かなり派手な音がして、木製の棚が壊れ、保存瓶などが割れて飛び散る。――う、嘘だろぉっ!?
保存瓶の分厚いガラスが木っ端微塵になっているのを見て、ゾッとする。おいおい……これって避けなかったら僕の頭がこうなってたってことだよな? ちょっと待て! 脅しじゃないのかよ!?ってか、まずは脅しであれよ! 馬鹿か! 最初から完全に殺すつもりで攻撃してくんなよ!
「わっ! わっ! ちょっ……! 待っ……!」
いや、無理! 社交界の花をやるのも無理だけど、戦闘はもっと無理だから!
「わ、わぁっ!」
鞭が激しくテーブルに叩きつけられる。茶碗とコーヒーポットが砕けて、茶葉のキャニスターと蜂蜜の瓶が割れて、湯のポットが跳ね飛ばされる。ひええっ! 大損害っ!
「や、やめっ……!」
「お嬢さまになにをするんですかっ!」
白旗を揚げようとした瞬間、マリが僕の前に飛び出して、ガァンと鞭の先を蹴り上げる。
へっ!?
三つ編みにしたストロベリーブロンドが視線の先で跳ね、上品でクラシカルなメイド服――そのロングスカートの裾が、あくまでも優雅に翻る。
僕はあっけにとられて、彼女が履いている先が丸くて厚底な可愛いらしい革靴を見た。ええっ!?
す、すごい音がしたんだけど? 鉄でも仕込んでんの?
「邪魔をするな! マリ! 話を聞いていたのか!? それはルクシリアお嬢さまではない!」
「デリックさんこそ、早合点しないでちゃんと話を聞いてくださいよ!」
「もちろん、訊きますとも! じっくりと拷問しながらね!」
言ってることが完全に殺人鬼!
オイ、攻略対象だろうが! 女性に恋させる存在がそんなこと言っていいと思ってんのか!
「そうじゃなくて!」
マリが鋭く手を振る。ガチンと金属音がして、ぼてっとした厚めの袖から刃が飛び出した。
「はっ!?」
えっ!? 袖の下に鉄の籠手みたいなの仕込んでる!?
ど、どうりで! 袖がぼってりとしてると思ったんだ! そりゃ可愛いけど、あれって仕事には邪魔だよなぁって! ゲームだし、デザイン性重視で実際の職務のうえでの機能性を追及することなんてないんのかなって思ってたけど、武器を仕込んでたからかよ!
こういうあり得ない展開はさすがゲームって感じがするけど、これって乙女ゲームだろ!? 乙女ゲームって恋愛するだけじゃないの!?
「これ以上邪魔をするなら、お前も共犯とみなし、排除します」
「ご自由に! なんと言われようと、私はお嬢さまをお守りします!」
マリがきっぱりと言って、身構える。わ! わ! 待って! 待って! その言葉は嬉しいけど、マリが排除されちゃうなんて駄目だよ! マリはなにも知らないし、なにも悪くないんだから!
「や、やめてください!」
僕は慌てて、二人の間に割り込んだ。いや、怖いよ? 怖いし、痛い思いもしたくないけど! でも、マリにまで類が及んでしまうのは駄目だ!
「た、たしかに、僕はルクシリアお嬢さまじゃありません!」
僕はデリックの目をまっすぐ見て、胸もとに手を当てた。
「で、でも、この身体はルクシリアお嬢さまのものです! だから傷つけないでください!」
「……どういうことです?」
デリックがギロリと僕をにらみつける。
「ぼ、僕も、わからないことだらけではあるんですけど……」
でも、いい。もう全部話す。バラしたところで、状況がこれ以上悪くなることなんてないからな。すでに最悪! すでに詰んでんだ!
そもそもからして、乙女ゲームをやったこともないアラサー男性が一人でどうにかできるわけがないんだよ! ルクシリアの運命を変えるため、ルクシリアにこの身体を返すために、そして僕がもとの身体に変えるためにも、協力者は絶対に必要だ。それならもう巻き込んでしまえ!
さすがに、ここが乙女ゲームの世界だとか――そのあたりは信じてもらえなさそうだし(そして信じてもらえなかった時点で拷問コースに進むことになるから)話す情報の取捨選択は必要だけど。
僕は深呼吸を一つして、お腹に力を込めた。
まずは、ぶちかませ!
「一つだけたしかなことは、僕はルクシリアお嬢さまをお救いするためにここにいるということです!」




