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――って僕は思うんだけど、デリックにとってはそうじゃないらしい。そのまま呆然としたまま言葉を失ってしまう。。
たしかにこの時代の人間からしたら、貴族のお嬢さまが自らパントリーやキッチンに足を運んで薬(お茶なんだけど)を用意するなんて、いったいなんの冗談だってぐらい変なことだと思うけど、まさかここまで固まってしまうなんて……。
……もしかしてマズかったかな? しばらくルクシリアとしてやってかなきゃいけないことを考えたら、やめておくべきだった? でもなぁ、ショコラは甘すぎて苦手なんだよなぁ……。
軽率だったかもと反省していると、マリがトレイを手に「お待たせしましたぁ」と戻ってくる。
「しっかり沸騰させたお湯とコーヒーポット、それと茶器ですぅ」
「ありがとう」
コーヒーポットはフレンチスタイルの花の絵付けが美しい、陶器製のもの。うんうん、充分充分。茶器は中国茶などで使われる――いわゆる茶碗だった。麗しく鮮やかな花々と鳳凰が描かれている。へぇ、お茶を薬として飲んでいるのに、こういった工芸品は入ってきてるんだな。
「コーヒーカップのほうがよかったですか?」
「いや、こっちで大丈夫」
僕はにっこり笑って、それらをテーブルに並べた。
紅茶を淹れる際には湯の温度が下がらないように細心の注意を払うものだけれど、今回は緑茶。沸騰したてのお湯だと温度が高すぎるので、まずはお湯を冷ます作業から。
茶碗にレモンピールを一欠片ずつ入れて、お湯を注ぐ。量は茶碗の縁ギリギリいっぱいぐらい。先に茶器を温めることはしない。今回は湯が冷めるのは大歓迎だから。
それからコーヒーポットに必要量の茶葉を入れる。そして、ドライミントの葉を少し摘んでおく。
レモンピールが温まって少し柔らかくなった感じがしたら、茶碗の湯をコーヒーポットへと移す。今回はコーヒーポットも先に温めてはいないから、この二回の移し替えで湯の温度はぐっと下がる。
抽出時間は、この緑茶なら一分半ってところだろう。
だから一分経ったところで、ドライミントを入れる。
そのまま三十秒蒸らしたら、コーヒーポットの中に蜂蜜をトロリと入れて、サッと木匙で一回し。それ以上は弄らない。
あとは茶漉しで漉しながら茶器へと注いで――緑茶ベースのミントティーの完成!
緑茶とミントの爽やかな香りが部屋いっぱいに広がる。それだけで口もとが緩んでしまう。
ああ、やっぱりいいなぁ。お茶は。
「はい、マリとデリックさんの分ね」
二人の前に茶碗を置き、自分の分を口もとへと持ってゆく。
緑茶とミントの鮮烈な香りの中に、レモンと蜂蜜もふわりと香る。
その香りを胸いっぱいに吸い込んで、存分に堪能してから、お茶を一口。
「んーっ! 美味しいっ!」
これだよ! コーヒーやショコラを否定するわけじゃないけれど、やっぱり僕はお茶が好きだ!
「…………」
ご機嫌でお茶を飲む僕を不思議そうに見つめていたマリが、茶碗へと手を伸ばす。
そして、おそるおそるといった様子で口をつけて――大きな目をさらに大きく見開いた。
「えっ!? お、美味しいっ……! な、なんですか? コレ!」
なんですかって……お茶だけど?
「お茶だよ。淹れるところ見てたでしょ?」
「み、見てましたけど……。だって全然苦くないし、渋くないですよ? 甘くて……でもスッキリしていて……それにこの爽やかな香り!」
マリが両手で包んだ茶碗を口もとへ持ってゆき、あらためて香りを吸い込む。
「ミントだけじゃない……ミントとは別の清涼感のある……ああ、なんて言ったらいいんでしょう。爽やかで、清涼感があって、どこか甘みというか、ふくよかさも感じる香りが……」
「うん、それが緑茶の香りだよ」
「緑茶……」
マリは噛み締めるように呟き、さらにお茶を口に運んだ。
「不思議です……。苦味がまったくないわけじゃないんですけど、それがほどよくて、嫌な感じは一切なくて……。むしろ、それがスッキリ感を増しているって言うか……。ああ、もう! うまく言葉にできません!」
マリがもどかしそうに頭を振ると、お茶を一気に飲み干した。
「間違いないのは、ものすごく美味しいです!」
「それはよかった」
どんな言葉を尽くすよりも、『美味しい』――その一言がなにより嬉しいよ。
「お茶が、美味しい……? そんな馬鹿な……」
デリックがあり得ないとばかりに首を横に振る。
だけど、そう言いつつ――マリのあまりにもいい反応に好奇心を押さえられなかったのだろう。それまで胡散臭げに眺めるだけだった茶碗に手を伸ばす。
僕は思わずほくそ笑んだ。――いいぞ。そのまま飲んでしまえ。
「……! これは……」
一口飲んで、デリックが大きく目を見開く。
「これが……お茶……?」
「そう、これがお茶」
僕は頷いて、コーヒーポットに新たに湯を足した。
「は? そ、それはなにを……」
「え? なにって……二煎目を淹れるんですけど」
「ニ、せん……? いや、茶葉を使い回すんですか!? 卑しいことをしないでください!」
「いや、緑茶はもともと二煎目、三煎目と楽しむものですから。これで正しいの」
卑しくなんかない。この一杯で終えてしまうほうが、茶葉に対する冒涜だよ。美味しさを味わい尽くさないまま捨てることになるんだから。
「二煎目はミントやレモン香りは少し弱くなってしまうけど、その分お茶の味わいはしっかり出る。それがまた違った味わいになってるよ。騙されたと思って飲んでみてよ」
二煎目の蒸らしは十秒。すぐさま茶碗に注ぐ。
「デリックさん、そこにあるリンゴのドライフルーツもください」
リンゴのドライフルーツをお茶請けにもらい、お茶にはあえて蜂蜜を加えずに出す。
「二煎目は、苦みや渋み成分がさっきよりも強く出るから、お茶請けと一緒に楽しんでみて」
今度は二人ともすぐさま茶碗を手に取り、一口飲んで、リンゴのドライフルーツをかじる。
「……! 本当だ。味わいが違いますね。たしかに、さっきのよりは苦みや渋みを感じますけど、でもいつものお薬ほどじゃありませんし、スッキリと爽やかで、キレがよくて美味しいですね! 個人的にはさっきのほうが好きですけど、こちらもお茶が甘くない分、リンゴのドライフルーツとよくマッチして、あと引く感じですぅ!」
「たしかに、これはこれで美味しいですね」
デリックがむぅっと眉を寄せる。
「むしろ、私はこちらのほうが好みです。甘くないほうがいい。卑しいなんてとんでもないですね。茶葉を使い回すのには抵抗がありますが、これを味わうことなく捨ててしまうのはもったいないと思いますね……」
「使い回し――使い終わったものをもう一度使うって考えるから、抵抗があるんじゃないですか?そうじゃない。三煎目まで飲んで、はじめてその茶葉を使い終わったと考えるべきです。だから、まだこれは飲み途中なんです」
「……ああ、なるほど」
頷くデリックの隣で、マリが二煎目を飲み切って、ほぅっと感嘆の息をついた。
「お薬をお薬としてではなく美味しく飲んじゃうだなんて、贅沢というかなんというか……なんかすっごく背徳感がありますねぇ」
「え? 背徳感?」
あれ? もしかして、美味しいから薬としての効果はないと思ってる?
「美味しいけど、薬としての効能もちゃんとあるよ?」




