第25話:望まぬ才
生物は身体を動かす度に、ごく少量の魔力が漏れ出る。その量は本人の魔力量と比例するため、私は起き上がるだけでも身体に障った。
「ゴホッ、ゴホッ!」
空気中の魔力が口に入り、咳に血が混じる。
動けない身体で、探求心と好奇心を満たす方法といえば本だけだった。
「あれ…、本どこ?」
父と母が譲ってくれた本が部屋を埋める勢いにあるため、読みたい本を見つけるのにいつも時間がかかる。
「…メアリー?」
熊のぬいぐるみが頭に本を乗せて、私の隣へと座る。それを受け取って、頭を撫でた。
「いつもありがとう」
私が生まれ持つ祝福―人形技師は、触れた人形をゴーレムにすることができる。
それによって生まれたゴーレムも極わずかな魔力で動かくことができ、ぬいぐるみ3体までなら動かし続けても発作が起きない。
「神に愛された子、か」
生まれつき多くの魔力と傀儡技師としての才を持ち合わせた私は、そう言われてきた。なら何故神は、自分に健康な身体を与えてくれなかったのか。
外を駆け回って、自然を堪能したい。
本でしか見たことない景色を、この目に焼き付けたい。
そんな願いすら叶えずに望まぬ才を与えた神は、昔から嫌いだった。
「本当に神って、無力ね。誰も見たことがないのに、なんでみんな信仰しているのかしら」
そんな答えの無い疑問を浮かべながら、ページをめくる。魔蝕病が判明してから5年、ずっとこの日常を過ごしていた。
しかしそれが変わったのは、11歳の誕生日。
誕生日プレゼントの本や母が作ったぬいぐるみの他に、指輪があった。
指輪の名は『守護の魔輪』、等級は3級であり身につけることで魔力への耐性が向上する。
これによって魔蝕病の症状を抑えられるが、根本的な解決にならないし、外せば反動で症状が酷くなる。他にも、魔力を使い過ぎると刻印が焼き切れ機能しなくなるなど、色々と欠点がある。それでも外を歩ける様になっただけでも充分だった。
自分の足で駆け回り、自然に触れた感動は、今でも忘れられない。
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指輪を貰ってから数ヶ月経った後、父の遺跡調査に同行した。
最初は父に反対されたが、最終的に父が根負けして了承してくれた。
護衛の騎士や派遣された考古学者を乗せた馬車数台は、草原を抜け暗森林に入り、山岳の麓まで揺られた。
「す、すごい……」
岩の絶壁にめり込む様に、宮殿が佇んでいる。
黄土色の山岳とは対照的な灰色の石材は、コケとツルに覆われており、どれだけの年月にさらされたかは想像がつかない。
「なんでも、冒険者が発見した遺跡だそうだ。内部は既に探索済みだし、魔物の心配はないらしい」
後から父がそう語りかける。
「お父様、これっていつの時代の遺跡かしら?」
「装飾の形から考えるに、2000年以上前の文明だろうね」
「アスガルスが建国する前のものだなんて、とても古い文明のものなのね。どの文明のものなのかしら」
「そればかりは中を調べないと分からないね。魔物は居ないとは聞いたけど、離れてはダメだよ」
2体の巨人像が支える入り口に、探索隊が入る。
長く狭い通路を抜けた先は、巨大な空間が広がっていた。4本の柱が天井を支え、壁には荘厳な装飾が施されている。
当時の栄え具合が伺えるが、今や瓦礫や遺骨が散乱するばかりであった。
騎士は周囲を警戒しており、学者達は壁や装飾品を観察している。
「この石板、永久機関に関する記述が記されているぞ!」
「無限のエネルギー……? そんな物をゴーレムに持たせる実験をしていたのか?」
「建物の形からして、ここは研究所か工場なのでしょうか」
みんな話しかけられそうにもないから、適当に歩き回っていた時。
「これは……?」
壁に走る亀裂から、通路が見えた。
魔法で壁を壊して、中を進む。通路というには岩肌が剥き出しになっており、隠し通路の様に思える。
魔法の光を頼りに10mほど進むと、先ほどよりも巨大な空間が広がっている。しかし明らか異なる点がある。ゴーレムと思わしき無数の残骸が横たわっていることだった。
正方形と長方形を組み合わせた、三角頭と巨腕の不思議な形状のゴーレムであり、数にして数百体だろう。しかしどれもが瓦礫の山とかしている。
その空間はひどく寂しげで、まるで墓地にいるかのようだった。
(なんだか、怖いわ)
やがて孤独感に苛まれ、戻ろうとしたその時。
部屋の真ん中に何か佇んでいた。
瓦礫を避けて進むと、周囲に眠っているものと同じゴーレムだった。近づくとそれは跪いたポーズで固まっており、左手付近には巨戦斧が見える。
跪いた形でも5mはあり、しかも他のゴーレムよりも状態が良かった。今にも動き出しそうなそれだが、その気配は無い。
「この子、ずっと一人だったのかしら」
暗く、残骸に溢れた部屋で何かを待つ様に膝まずく姿は、酷く寂しそうだった。
その姿が、何故かかつての自分と重なる。
「何だか、似ていますわね」
そう思い手に触れた瞬間だった。
―ギルルル
唸り声に振り返ると、黒く巨大なトカゲが瓦礫からその姿を覗かせていた。
「ま、魔物っ!?」
赤い目に睨まれたからか、身体が上手く動かせない。
「エーデルっ!!」
かろうじて動く首で声の方向を向くと、父がいた。魔力の流れを辿ってここまで来たのだろう、必死の形相で走り、左手に魔法陣を作っている。
しかし距離が遠く、間に合わない。
魔物は私に飛びかかり、その牙を見せる。
(助けてっ!!)
思わず目を瞑ったその時。
―ゴンッ!!
風圧と共に、打撃音が響く。
目を開けると、魔物は壁まで吹き飛ばされていた。魔物はもはや原型をとどめておらず、思い切り壁に投げつけたトマトの様に血を撒き散らしている。
振り返ると、ゴーレムが拳を突きだしたまま制止していた。
「もしかして、貴方が……?」
その問いに反応して、ゴーレムが目を合わせる。
三角兜の暗闇から覗かせる、赤と青の光が静かに揺らいでいた。
「エーデル!」
横から父が抱きつく。
娘の無事を喜ぶように、力強く。
「お、お父様っ!?」
「駄目じゃないか、勝手に離れては。本当に……、生きた心地がしなかった……」
「勝手にごめんなさい。すぐに帰るつもりだっのだけれど、このゴーレムが気になって」
その言葉に、父はようやくゴーレムに気づき、思わず後に下がった。
「……ゴ、御主人様」
岩が響く様な声で、ゴーレムが話す。
「メザメサセテイタダキ、感謝、シテイマス。キョウヨリ貴方様ガ、ワタシノ主」
忠誠を誓う騎士の様に、ゴーレムは私に跪く。
これが、ガディとの最初の出会いだった。




