第21話:満身創痍の勝利 (1)
皇帝豪熊はその巨体を揺らし、森の奥への消えていった。
「はぁ、はぁ…。勝てた、完成した…」
思わず飛び跳ねたくなるほど嬉しい。
地竜に手も足も出なかった僕だが、今は森の頂点捕食者を追い払えた。
大きな前進だ。
(喜ぶのは後にしよう。まずノーチェを治療して、はやく帰還石を砕かないと)
立ち上がろうとした瞬間、視界がぐらりと歪んだ。耐え難い消失感と脱力感が全身にのしかかり、立ち上がるのも困難だ。
(怠い。技の衝撃で、魔力と闘気が全部吹き飛んだみたい…。魔力だけでも、回復しないと…)
魔力回復薬を取り出そうと、麻袋の中をあさる。
その瞬間、足音が聞こえた。
咄嗟に音の方角を見と、上位銀熊が群れを成していた。
(リーダーが逃げたのに…、なんでまだいるの!?)
本来ならば主に追従する様に逃げ帰ってるはず。
(まさか、攻撃命令!?)
先ほどの咆哮は負け犬の遠吠えなどではなかった。始末を部下に任せるための突撃命令だったんだ。
このままでは皆が危ない。
素早く魔力回復薬をとりだし、喉に突っ込むように飲み干す。
(なんとかして時間を稼がないと)
残り少ない魔力を巡らせ、無理矢理身体を起こす。
「最後まで…、最後まで諦めないぞ…!」
燃え尽きた闘志を奮い立たせ、挑もうとした。
その時だった。
―ッッ!!!!!!!
地面が揺れたような錯覚を感じた。
森全体が、重苦しい圧に満たされる。
「こ、今度は何っ!?」
重圧感の源はエーデルの背後からだった。
彼女の背後には、巨大な魔方陣が展開されており、そこから異様な空気が流れている。
しかしこの黒く不気味な魔方陣に、見覚えがあった。
(入学式の時のアレだ。でもあの時よりも大きい)
やがてソレから、両腕が突き出た。
無数の鉄と岩石が入り混じった表面で、拳と前腕部分が腕全体の7割は占めている。
魔方陣から這い出て、全身を露わにした。
全身は煉瓦だが、所々にヒビが入っており、鉄で補強されている。
正方形の胸部には奇怪な魔方陣が光を発しており、何か封印しているように見えた。
下半身は上半身と比べて貧相であり、足は短く見える。
三角兜の隙間からは、赤と青の光が揺らいでおり、感情は読み取れない。
今まで見たことがない、珍妙ともいえる姿だが、森全体を包み込むほどの、異様な圧を放っている。
「ゴーレム…?」
全長は8m程。エーデルが今まで操っていた人型とは比べものにならないほどの巨体だ。
そんな異形を前にしても、銀熊は怯まずに唸っている。
やがて一匹が攻撃を仕掛けた。
突進し、魔獣が腕を振り上げる。
―グシャッ,ドド−ンッ゙!!
しかし爪が届くより先に、巨人に叩き潰された。
地が大きく揺れ、立つのもやっとだった。
魔獣がいたであろうそこには、血溜まりしか残っていない。
(なんて力だ…)
3mもある魔獣が、文字通り紙クズの様に潰された。それが開戦の合図となり、魔獣共は一斉に攻めかかる。
包囲し、一斉に爪を振るった。
しかし巨人は、上半身をコマのように回転させ、魔獣を全員吹き飛ばした。
一匹、また一匹が巨木に激突し、地に転がる。
7匹の上位銀熊が、一瞬にして全滅した。
(このゴーレムは、味方…?)
エーデルが召喚したのだろうか、しかしあれは召喚というより、無理矢理抜け出したという表現の方が近い。
やがてゴーレムは、足元にうつ伏せるエーデルに視線を落とし、慌てた身振りで膝をついた。
『ご主人様…、ご主人様…!』
片手にエーデルを寝かせ、ゴーレムはそう呟いた。左手を優しく握り、何度も呼びかけている。
「ゴホッ゙、ゴホッ゙!! ヒュー、ヒュ―…」
エーデルは苦しそうに咳ごみ、血を吐いた。
呼吸も荒く、何らかの発作を起こしていることは明らか。
『そこの人間』
ゴーレムが僕に話しかけた。
『ご主人様の指輪はどこだ? 早く探して付けさせろ、そして指を治療しろ。早くだ』
「うん。分かった」
よく見ると左手小指と薬指がなくなっている。
切り落とされた指も早く探さなくては。
(でも何処から探せば…?)
闇雲に森を見渡すが、雑草が鬱蒼としたここでどこを探せばいいのか。
焦りで思考が纏まらなくなったその時。
「相、棒…、指輪、探してんのか…」
咄嗟に振り返ると、アルバが立っていた。
剣を杖に身体を引きずり無理やり身体を動かしたせいか、脇腹からの出血が激しい。
「アルバ!? なんてひどい怪我…、すぐに治療する」
「ゼェ、ゼェ…。俺のことは最後でいい…。とにかく、エーデルが先だ」
アルバは僕に拳を突き出す。
その手には、指輪と布に包まれた小指と薬指が握られていた。
「たまたま目の前に落ちてて助かったぜ…。やっぱり俺は運が…、良……」
言い切るよりも先にアルバが倒れる。
咄嗟に抱きかかえ、ゆっくりと地面に寝かせた後、傷に回復薬をかけ、包帯を巻いた。
「ありがとう、アルバ
◯皇帝豪熊の「号令」を受けた支配下の銀熊は闘争本能が刺激され恐怖を感じなくなる。
銀熊が生存本能を無視して特攻するのはそのせい。




