第20話:小さき光
緑に覆い尽くされた自然の絨毯が、赤黒く染まる。
ノーチェは出血の止まらない脇腹を抑え、座り込んでいる。自分を治癒する魔力も体力も殆ど残ってないようだ。
キラは2匹の上位銀熊に挟まれ、玩具の様に叩きのめされ満身創痍。
アルバとエーデルは出血多量で倒れていることまでしか分からない。早く助けに行きたいが、皇帝豪熊とその配下に立ち塞がれている。
「ノーチェ、エーデル、アルバ、キラ…」
全滅、その言葉で頭が覆い尽くされる。
鍔と刀身の付け根が小刻みに震え、ガタガタと鳴る。
(僕が遅かったせいだ…。まただ、また僕が弱いせいで…)
―僕が無力だったせいで、故郷が灰に帰した。
―もう失わないために、勇者を目指した。
―しかしその志しは、同じ過ちで終わる。
(…いや。何を諦めているんだ、僕)
また諦めようとしてしまった。
自分は弱いからと、それを理由に立ち向かうことを放棄していた。
(その度に、誰かが背中を押してくれた。いつも僕に勇気をくれた)
しかしその誰かは今、死に直面している。
何度も僕に勇気を与えてくれたんだ、ここでそれを捨てれば、みんなを、自分を裏切ることになる。
(今は誰も後に居ないんだ。僕が戦わないと駄目なんだっ!)
その頃には、剣の震える音は止んでいた。
「僕は、勇者になるんだっ!!」
小さな勇気を胸に、森の王へと剣を向ける。
それでも奴は、愉悦に顔を歪ませ、無防備に立っている。
配下の銀熊も同様、見世物に群がる群衆の様に僕をみるだけだ。
きっと僕は見せしめだ。王に逆らった者がどうなるかを知らしめるために、あえて直接手を下すのだろう。あるいは、ただ興を満たすための道化かもしれない。
(完全に見下している。むしろ、攻撃を与えるチャンスだ)
倒せなくていい、追い払えばいいんだ。
慢心いている今、出鼻を挫いてやれば警戒して退くはず。しかし皇帝豪熊を追い払えるほどの一撃を叩き込むには、出し惜しみは出来ない。
全ての魔力、闘気、僕が使える手札の全てをつぎ込まなければ。
(もし次の一撃で追い払えなかったら…。いや、何弱気になってるんだ僕)
そうならないために、一撃で決めるんだ。
しかし奴の視界に入っている間だと妨害されかねない。
「《眩い光》!」
突きだした左手の魔方陣から、強い光が放たれる。油断した魔獣はもろに浴び、視界が奪われる。
発動に時間がかかる技だ、これなら横槍を気にせずにできる。
(まだ一回も成功していない技だけど、ここで決めるしか)
腰を落とし、技への衝撃へと備える。
「《魔法付与・火炎》、《魔法付与・雷光》」
竜を模した剣に、炎と雷が纏わりつく。
炎はより激しく吹き荒れ、雷はよりけたたましく轟いた。最初に試した時とは比べものにならないほど、凄まじい力。それもそのはず、魔法付与と同時に闘気も流し込んだのだ。
精霊の魔力と人間の闘気を一瞬で混ぜれば、より凄まじい反発を起こす。鋼の剣ですら1秒も保たないだろう。
(師匠、僕に力を…!)
祈りに呼応してか、それともエネルギーの奔流に起こされてか、剣に眠る竜の魂が目を覚ました。
瞬間、刃に奔る魔力に変化が起こる。
炎は白く燃え広がり、雷は輝きを増し轟く。
暴力的ともいえる魔力は聖なる力へと変わり、その姿は聖竜が吐き出した竜息の様だ。
(凄い、聖属性に…! でも、重すぎるっ!)
剣がある程度の反動を吸収してくれているとはいえ、今まで以上に負荷が激しい。まさに竜の手綱を引っ張ってる様だ。
これでは剣ではなく腕が弾けるかもしれない。
早く振るわなければ、しかし一歩も動けない。
(闘気で肉体強化して、魔力で制御するんだ。少しでも安定させないと)
残りの闘気と魔力を総動員させる。
筋肉、骨、臓器の全てに闘気を覆い、全神経を魔力で刺激して無理矢理にでも身体を動かす。
(あと、少し…)
僅かながら、足が動いた。それだけでも激痛だが、耐えなければ。
標的を定めるために、前を向く。
しかしその頃には、皇帝豪熊の右腕が迫っていた。技に集中するあまり、接近されていることに気づけなかった。
(は、早すぎるっ!後少しなのにっ!!)
もはや目と鼻の先。咄嗟に目を瞑った。
しかし攻撃が来ない。
目を開けると、皇帝豪熊の爪は地面を突き刺していた。
それからも、何も居ない虚空を、執拗に攻撃している。
まるで見えない何かに翻弄されている様な。
(まさか、?)
幻覚にかかっているんだ。
こんなことを出来るのは、彼しかいない。
(この距離なら!)
絶対に外さない。渾身の力で、奴の左頬へと叩き込んだ。
「【クラージュラム】っ!!!」
接触した衝撃が引き金となって、反応が頂点に達した。
雷、炎、闘気、そのエネルギーが水蒸気爆発の様に弾け、それが鋭い閃光となって森全体を照らす。
夜の様に暗い森は、一瞬太陽に照らされたかの様に光で満たされた。
クラージュラム―閃光の勇者が愛用した聖剣の名であり、その言葉には「折れない勇気の刃」という意味がある。
伝説では、聖剣の光は世界の果てまで照らしたという。そして彼が歩んだ旅路は、100年経った今でも語り継がれ、人々の心を照らした。
故にこの名は不相応だが、凡人が勇者を目指す時点で、それ以上の身の程知らずだ。大多数の人間が不可能だと言うだろう。
しかし勇者は、不可能を乗り越えた者。
その不可能を乗り越えてこその勇者だ
だから僕は、最初に彼の光を目標にした。
この技は、いつか世界を照らす光に至ることへの、《《決意》》だ。
(必ず、みんなを守るっ!)
炎と雷の魔力は絶え間なく周囲を焦がし、凄まじい衝撃波が天井の草葉をきり刻む。
エネルギーの濁流は、一瞬の閃光を最後に鎮まった。
立つのが困難なほど、重い疲労感が身体にのしかかった。しかしまだ倒せた確認できていない、剣を杖に、点滅する視界で必死に相手を捉える。
(ちゃんと、効いたかな…?)
視界が戻り、ようやく捉えた奴の姿は、酷い有様だった。
白銀の毛皮は所々黒く焼け焦げ、自慢の王冠は見る影もない。
長く鋭い爪は根元から折れ、牙も粉々だ。
武器のほとんどを失い、もはや皇帝の名に劣る魔獣は、それでも威嚇している。
「グルル」
しかし覇気は無く、弱々しい。
皇帝豪熊はゆっくりと後退っている。
「グォォォォォォォォォッ゙!!」
負け犬の遠吠えか、咆哮をあげて奴は森の奥への逃げ帰った。
「やった…、勝った…」
魔力も、闘志も全て尽きた。
満身創痍の勝利だが、それでもみんなを助けられた。
斉竜は、日の光を浴び、誇らしげに輝いている。
◯戦技
⦿クラージュラム
流し込んだ炎と雷の魔力に聖属性を付与し、さらに闘気を流し込むことで爆発的な反発を生み出す技。
少ない魔力量で高い破壊力を得ることができるが、制御と反動で全ての魔力と闘気が吹き飛ぶ。
その名はかつての勇者が愛用した聖剣であり、世界を照らした光に比べたら、天と地では形容出来ないほどの差がある。
それでもリトは、勇者を目指す決意を込めてこの名を冠した。
故に、決して折れない。




