第17話:森の王に挑むは5人の未熟者 (2)
皇帝豪熊、セジリト暗森林に生息する頂点捕食者。
皇帝の名を表す様に、森全体の銀熊を支配している。そのずる賢さと統率能力だけでも厄介だが、皇帝豪熊を頂点の一角足らしめる要素はもう一つある。
それは、個としての圧倒的な力である。
「クッソ…。なんて硬ぇ毛皮だ」
腕に斬りかかり、そうアルバが愚痴る。
振り下ろした霜の刃は、まるで巨岩目掛けて振るったかのように弾かれた。
白銀の毛皮は毛先が凍った程度だが、それが王の不興を買った。
「グォォォォォォォォォォンン!!」
皇帝豪熊が再び雄叫びを上げると、周囲に鋭い猛風が巻き起こる。闘気の回転で風を生み出す戦技【旋風】により、アルバは吹き飛ばされた。
胴がガラ空きになったアルバに、皇帝豪熊は恐ろしく速い追撃を放つ。
(…【攻勢防御】っ!)
剣の様な爪が腹に食い込むより先に、刀を叩きつける。互いの闘気がぶつかり合い、相殺された。
受け身をとり、アルバは再び剣を構える。
「獣のくせに戦技を使うんだな」
闘気は殺意と闘争心を持つ生物に宿る。むしろ原始的な闘争本能を持つ魔獣のほうが、効率良く扱えるのだ。
それが、無数の縄張り争いを勝ち抜いた獣ならば尚更。
(【ウォービート】、【ダッシュ】!)
獣に負けまいと、心臓の鼓動を加速させ、疾走する。皇帝豪熊はアルバ目掛けて、爪を振り下ろしが、ギリギリで回避した。
攻撃の隙、それをアルバは見逃さない。
銀の上腕に桜の紋様が浮かびあがり、それ目掛けて突きを放った。
「【桜華突】っ!」
銀の毛皮が赤く染まる。刃は鋼鉄の皮を貫いたが、それ以上は刺さらない。
(闘気で硬化してるのか?やけに硬い)
追撃を警戒し、アルバはバックステップで距離を取る。
しかし皇帝豪熊は立ち上がるだけで、攻撃する気配がない。
(やけに攻撃の頻度が少ねぇな。それに、戦闘中に腹見せるなんてな)
森の王は挑戦者を見下ろした。さながら木刀を握った幼児の相手をする大人の様な、余裕が見て取れる。
「強者故の慢心ってやつか。へ、むしろ運が良い」
アルバは、常に格上の相手をしていた経験から、強者の足をすくう方法を知っている。
「その油断が命取りだぜ?てめぇも狩られる側だってことを教えてやるよ」
―――――――――――――――――――――――
アルバから少し離れた箇所では、ゴーレムと共にエーデルが応戦していた。
エーデルを中心に、3体のゴーレムが円形に立ちはだかっている。
魔法使いは体力が一般人のそれであり、安全に戦うには前衛が必須。
そして傀儡技師の強みは、その前衛を召喚出来ることである。ゴーレムは人間よりも耐久と力に優れる消耗品、しかしゴーレムは運用するための魔力量が重く、大抵は2体召喚するだけで精一杯である。
だがエーデルは、その程度の域にいる人間では無い。
「《猛風の断刃》」
圧縮された大気の刃が、上位銀熊の首を切断した。
エーデルは生まれ持つ祝福、《《人形職人》》はゴーレムを僅かな魔力で最大限運用できる。それにより、普通の傀儡技師なら出来ない、複数ゴーレムへの魔力供給と魔法攻撃の併用を可能とする。
「《大地の鋭針》!」
地面から針状の岩が突出し、上位銀熊の喉元をえぐった。
(不味いわね、魔力が保たない…)
ゴーレムへの魔力は大幅に軽減されているが、攻撃魔法はそうでは無い。初手の追加詠唱は悪手であった。
(上級魔法の連発はこれ以上厳しいわね。でも中級で攻撃しては、時間をかけ過ぎてゴーレムが傷つくかもしれないわ)
ゴーレムは刃の腕を振るい、魔獣達を牽制している。しかしこれ以上相手の数が増えれば防戦すら危うい。
(なら、守りを増やして魔力補給する為の時間を作らないとですわね)
エーデルは死体を運ばせたゴーレムへと目をやる。死体漁りに来た魔獣から守らせているが、殆どがリト達へと集中しているため、死体から離しても問題無いと判断できる。
「ヘンゼル、ピーター、私の元へと来て」
ゴーレムが主へ向かった瞬間、その背後、木陰から4体の上位銀熊が姿を見せた。
エーデルが指示を出すより先に、魔獣の一撃がゴーレムをおおきくよろめかせる。その隙を逃がさんと、複数の上位銀熊が追撃を加える。魔獣は容赦なくゴーレムの手足を噛み砕き、引き千切った。
「ヘンゼルっ! ピーターっ!」
エーデルはなりふり構わずに走り出した。
大切なゴーレム達が無惨に破壊される様を見て、冷静さを失い、前線へと出てしまった。
「2人から離れなさいっ!!」
ゴーレムを助けようと魔法を唱える。
ここからではまだ遠い。
しかし一心不乱に走り続けたせいか、真横から飛びかかる銀熊に気付くことを遅れた。
(またいつの間に!?)
冷静さを失ったばかりに、奇襲を許してしまった。
強靭な爪の振り下ろしがエーデルへと迫る。
(詠唱が、間に合わない…!)
咄嗟に銀熊目掛けて風の魔力を放出した。
―ザシュン
エーデルは後方へと吹き飛ばされながら、先ほど唱えていた魔法を銀熊目掛けて放つ。
「っ《猛風の断刃》!!」
猛風は両足に命中し、切断した。
息はあるが、これでは動けまい。
しかし今はトドメを刺す時間も惜しい。
(早く2人を救わないと)
ゴーレムを襲っている魔獣へと照準を合わせようと、エーデルは左手を突きだした。
「…は?」
左手の小指と薬指が無い。
自身の状態を視認した脳が、痛覚を訴え始めた。
「ぐぅ、がぁ…!」
エーデルは血が噴き出る左手を押さえる。
ギリギリで爪に接触してしまったのだろう、遅れてくる激痛の中、エーデルはそう考える。
(まずい、指輪が…)
激痛に悶えながらも、エーデルは落とされた指よりも指輪を心配している。
その時に異変が起こった。
「ウッ、グボェ!?」
エーデルは苦しげに胸を押さえる。その瞬間、口から異常な量の血を吐き、制服を汚した。
「魔力が…痛い、ゴホッ、ゴホッ!」
内臓に無数の針が突き刺さったかのような激痛が襲う。
エーデルは耐えきれず、膝を付いた。
その動作ですら身体に響き、身体が悲鳴を上げる。
手で押さえた口からは、咳ごみと共に血が噴き出る。
「エーデル!!」
血の臭いを嗅ぎつけたか、異常に気づいたアルバがそう叫び、駆け寄る。
「魔獣にやられたのか、指もすぐに見つけるからな。安心しろ、これくらいならすぐにくっつく」
エーデルの指が欠けた左手に包帯を巻く。
乱雑だが、出血の心配は無いだろう。
(にしてもなんて吐血量だ、明らかに指が欠けたくらいじゃねぇ)
アルバは臭いを頼りに草花を掻き分けて、エーデルの指を拾う。
それを聖水に浸した布で覆い、腐敗対策を施した。
「ゆび、輪…」
か細い声で、エーデルがそう呟いた。
「指輪?今はそんなん気にしてる場合じゃねぇだろ。取り敢えず、安全な場所に運んでやる」
エーデルを抱き抱えた瞬間、皇帝豪熊の爪が襲い掛かる。エーデルに気を取られたせいで、気づくのに遅れた。
(!? 避けられねぇ)
咄嗟に刀で受け止め、【攻勢防御】で受け流す。
しかしタイミングがズレてか、完全に受けきれずに吹き飛ばされた。
2度、3度地面へと激突する。
身体の軽いエーデルは更に遠くの方へと吹き飛ばされた。
「エーデル!!」
助けに行こうにも、皇帝豪熊から目を離すのは危険だ。しかし早く助けなければ、エーデルが衰弱死するかもしれない。アルバは覚悟を決めて、刀を向けた。
「テメェとは長く相手できねぇんだ。とっとと死んでくれよ、皇帝豪熊っ!!」
皇帝豪熊を倒し、エーデルを治療する。
あまりにも無茶だが、その決意を胸に森の王へと刃を向けた。
戦技解説
◯攻性防御
攻撃をタイミングよく弾くことで闘気の流れを逆流させ、攻撃を打ち消す基礎技。言うなればパリィ技
◯ウォービート
心臓の鼓動を早め、身体能力を上げる基礎技。
魔法解説
◯猛風の断刃
等級:上級
空気を圧縮させ、斬撃の様に放つ。威力は高いがそれに釣り合わないほど魔力消費が大きい。
◯大地の鋭針
等級:上級
円錐状の岩を生成する。地面から生えるため不意打ち能力が高い。




