第15話:亀裂(2)
助けを拒まれたアルバは面食らっている。
それでもアルバの顔を見られない。返り血に塗れた友達の顔を、直視することを拒んでいる。
「ご、ごめん。少し疲れてるみたい。取り敢えず、そろそろ戻ろうよ。この人達のことをどうにかしないとだし…」
「賛成ですわ。死人が出た以上、早く先生に知らせないとね」
エーデルが助け舟を出すように、帰還の準備を始める。
リトは慰めようと、ノーチェの肩に手を置いた。
「ノーチェ、この人達は僕が一箇所に集めておくから、しばらく休んでて」
「待って、まだ1人治療してないの」
「でもこの人は…」
リトはノーチェの差した亡骸に目を向けた。
男性にしてはやや長いくせ毛だらけの黒髪の青年で、黒いハーフマントを身に纏い、腰には金の装飾が施された黒いラッパ銃を装備している。
肌は青白く、腹部に出来た深い斬り傷からは血が止めどなく流れており、生命の宿っていないのは明らかだ。
「でも、せめて傷だけは塞いで、綺麗な状態にしたいの…」
そう言ってノーチェは青年の腹部に手を当てる。
手から癒しの魔力が流れ、生命の通わない肉体を巡ったその時。
「っ!ゲホッ!ゲホッ…」
突如亡骸が激しく咳込んだ。
「だ、大丈夫?」
いや、亡骸では無い。この青年は生きていた。
ノーチェは身を起こした青年の背中を擦り、治療を続ける。しかし不思議なことに、治療の魔力が流されているにも関わらず、傷口が一向に塞がらず、むしろ青年は苦しみ始めた。
「ノーチェ、ひとまず回復をやめて!」
「う、うん。ごめんね、キミ大丈夫?」
ノーチェの心配する声に気づくように、青年は目を合わせた。瞳は鮮血のように赤黒く、半開きの口からは牙が覗かせている。
「もしかして、吸血鬼?」
「青白い肌に鋭い犬歯、回復魔法が効かない特徴が一致していますわね」
エーデルがそう言うと、吸血鬼の青年に歩み寄る。
「ねぇ貴方、ここで盗賊に襲われたのかしら?」
「エーデル、それってわざわざ聞くまでもないんじゃないかな?」
リトがそう突っ込んだ。盗賊に襲われたことも明白だし、そんなことを頭の良いエーデルが聞くことに疑問を覚えたからである。
「ジェネレシア学園の装備は高値で取引されるのは知っているわよね? ならなんで生徒の襲撃事例が少ないかご存知かしら?」
高価な装備を身にまとった経験の浅い子供など、普通はカモだ。スライムが宝箱を背負っていると言っても良い。しかし生徒が襲われる事例は、1年を通して全くないと言い切ってもいいほどである。
「冒険者や騎士が見回りを強化してるからじゃないの? この森はベテラン冒険者の集団が巡回してるって聞くし」
「それもありますけれど、もっと別。単純に生徒が強いからですのよ。そんな生徒の集団を返り討ち覚悟で襲撃をするのに、少し疑問をかんじたのですわ」
現時点でも、ジェネレシア学園生徒の平均的な強さはC級相当。単純な火力勝負でベテラン冒険者に勝るほどである。今回の様な数の差なら何人か死にはするだろうが、生徒側が全滅することはほぼあり得ない。
「てことはよ、何が言いてぇんだ?」
ここでずっと黙って話を聞いていたアルバが結論を急かした。
「彼らは盗賊よりも先に何者かに襲われたと、私は思いますわ」
「うん、実はそうなんだ」
吸血鬼の青年がそう答えた。
「森に入ってしばらくは銀熊に一匹ずつ遭遇しただけだったけど、次第に数も増えて来て、ここに来た時にはもうみんなボロボロだったんだ」
「疲弊した所を盗賊に襲われたってとこか。つけられた傷も獣の爪みたいな傷ばかりだった」
亡骸を冷静に観察していたアルバがそう語る。
「あら、平然とそこまで観察できるなんてね。流石は趣味が人殺しなだけありますわね」
エーデルの皮肉にアルバは、居づらそうな表情で目を逸らした。
「エーデル、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
「こう言わないとアイツは分からないと思ってよ。貴方も、人付き合いには気をつけることね」
リトの脳裏に、先ほどのアルバが過る。しかし今は怯えている場合じゃないと、頭を振るった。
「とにかく、彼らはモンスターに襲われた所を盗賊に狙われたってことだよね」
「だが賊連中が出没するってことは、この辺りは冒険者の見回りも薄いんだろうな。コイツらは相当上手い所を見つけたもんだ」
アルバの推測は正しい。
しかしリトは、どこか違和感を感じていた。引っかかるのは、吸血鬼の青年が遭遇した魔物についてである。
「そういえば君、名前を聞いてなかったね。僕はリト」
「…キラだよ。何か聞きたいことがあるみたいだね」
「キラが遭遇したモンスターって、銀熊だけだった?」
「言われてみれば、確かに銀熊以外のモンスターに遭遇してなかった」
「やっぱり…」
リトは顎に手を当て、再び考えを巡らせた。自身の恐ろしい予想が的中したことに恐れながら、次はどうするかを考えた。
「ねぇリト、もしかして何か不味いことになってる?」
ノーチェも何か察したようだ。
「僕達はきっと、ここに誘い込まれたんだ」
「誘い込まれた?一体誰にかしら?」
エーデルはそう首を傾げる。
「僕達もこの森で遭遇したモンスターは、銀熊だけだった。変だと思わない?この森には数十種類ものモンスターが生息しているのに、蛇にすら遭遇しなかったんだよ」
銀熊はこの森で一番生息している魔物では無い。
そして銀熊は小規模の群れを作る習性があるから、一匹ずつ現れることも不自然である。
「現れ方も、聞いた限り自然に出くわした様に感じないのも不自然なんだ。まるで罠の道まで蒔かれた餌みたいな」
そいつは、盗賊の住処に誘い出して疲弊した所を盗賊と争わせ、互いが疲弊した所を一気に狩るつもりだったと予想できる。
「まるで捨て駒みたいな銀熊の扱い方ね。獣使いだとしたら得ない使い方ですわ」
「僕も人間がやった様に思えない、なんとなく狩り方がずる賢いモンスターのそれに感じるんだ」
ただずる賢いだけのモンスターではない。凶暴な銀熊を何匹も従わせるほどの実力を持ち合わせているのは明白だ。強者が知恵を使うのが一番恐ろしい。
「とにかく、早く逃げないと。もしアイツだったら…」
リトが正体に気づいたタイミングで、突然森の静寂を咆哮が破った。
――グォォォォォォォォォォォォォォォォォォンン!!
森林全てに響く様な雄叫び。
地竜の比ではない威圧感と大気が凍りつくような殺気に、ここに居る全員が硬直した。
―ドン、ドン
草木を踏みつぶす音と共に、咆哮の主が姿を現した。
銀熊の何倍もある体躯を持った銀毛の熊だった。手足と、背中から頭頂部に掛けては黄金の毛が逆立つ様に生えており、頭頂部の毛は王冠の様に見える。爪は長剣の様に鋭く、真っ赤な眼球はリト達を捉えている。
危険度7。森の頂点が1角、皇帝豪熊だ。
⦿皇帝豪熊の縄張り付近に盗賊が住み着く
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⦿周辺の魔物を一掃したりして、わざと盗賊を生かす。
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⦿森に入ってきた生徒を銀熊で誘い込む。
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⦿生徒と盗賊が殺し合った所を皇帝豪熊が直々に叩き潰す。
これが皇帝豪熊のスタンダードな狩り方
ちなみに皇帝豪熊は部下を使って、冒険者の見回りが薄い所を把握しており、この時期になると森から生徒が入ってくる事を知っていた。




