第13話:平穏の終わり
それからも僕達は探索を続けた。
度々魔物にも遭遇するが、エーデルとアルバのおかげですぐに決着がつき、何度か傷を負ってもノーチェの回復魔法で治る。薬草もエーデルの魔法で簡単に見つかり、初の野外実習は驚くほど順調に進んでいる。
「リト、なんだか今日は楽しそうだね」
いつもより上機嫌な様子に、ノーチェがそう尋ねる。
「昔から冒険することが夢だったんだ。こうして叶うのはすっごく嬉しいよ」
「村に居た時もアタシとよく冒険してたでしょ〜」
「近所の森を駆け回ることは冒険の内に入るのかな?見慣れた場所だと、ワクワク感がないし…」
学園生活で気が張っていたこともあり、緊張しか感じていなかった。しかし順調に進む探索でその緊張も無くなり、こうやって雑談しながら散策できるほどの精神的な余裕もできた。
「それは観察を怠ってるからじゃないかしら?アベンチュラ」
珍しくエーデルが僕に話しかけてくれた。
「ん〜、でもあの森はいたって普通の森だったし、観察でそんな変わるものかな?」
「自然の景色は毎分毎秒変化し続けていますわ。風の香りも、羽ばたく虫や鳥も、毎日が同じではないですの」
そう言葉を続けながら、エーデルは1本の大木へと歩く。根元に生えている眠妃草を見つけたようだ。
「だから貴方も感覚を研ぎ澄ませてありふれた景色も観察してみるといいわ。それが冒険の秘訣よ」
エーデルは眠妃草を摘み、それをリトへと持っていく。観察を促すように向けられた眠妃草は、心なしか鮮やかに見えた。
「すごいや。エーデルってこういう冒険は何度かあるの?」
「父の付き添いで、フィールドワークを何度か経験しましたわ。私の父は優れた考古学者ですのよ」
考古学者の多くは、自ら遺跡の調査に参加することも多い。直接目にし、経験することでしか感じ取れない知見が多く、それらが新たな発見やひらめきに繋がるからである。
「それでも僕は、こんな普段目にできない景色の方が好きかな。だって辺境村じゃこんな大きな木は見れないよ。新しい景色こそが冒険の醍醐味だって、冒険譚にも書いてあるんだし」
「あら、貴方も冒険譚を嗜むの?」
「一番好きなのは伍光英勇譚かな。村に居た時からずっと心に残ってるよ」
「奇遇ね、私もよく読みますわ」
今より約100年、5体の魔王が同時に顕現し、世界が闇に包まれ、14の国と20もの都市が灰に包まれ、数え切れないほどの生き物が土に還った。
そんな魔王を打倒し滅びの運命を覆したのが、5人の騎士であり、全員が勇者として語り継がれている。閃光の勇者もその一人であり、今でも物語として人々に希望を与えている。
僕がこの英雄譚を聞いたのは3歳になったばかりの頃であったが、村を訪れた吟遊詩人からであったことも、物語の内容も今でも覚えている。
「勇者って凄いよね、どんな恐ろしい魔物にも果敢に挑むんだから。そんな姿がすごくカッコよくて、すごく憧れるんだ」
「勇者は誰もが憧れる人類の希望ですものね、貴方の気持ちも理解できますわ。でも私は、戦いよりも冒険の舞台に惹かれましたわね」
伝説には、英傑伍光は魔王を倒す為の力や道具を求めて、大陸を一周したという。それが史実と裏付けるかのように、大陸中に彼らの伝承が残っている。
それから僕とエーデルは冒険譚の話題で話が盛り上がった。一方、ノーチェとアルバは2人の話についていけずにいる。
「相棒、ずいぶんと楽しそうだな。冒険譚ってそんな良いもんなのか?じっと他人の物語に集中するなんてつまんなそうだが」
「アタシもよく分かんないんだよね〜。でもリトって昔からそういうのがすっごく好きなの」
そんなありきたりな日常を、4人は平穏に過ごしている。一見退屈に見えるかもしれないが、平穏な日常ほど貴重なものは無い。
何故なら、この世界では、そんな平穏こそ簡単に終わるのだから。その元凶は魔物か、人間か。
「少し、休憩を取りましょう」
エーデルが魔方陣から椅子を取り出し、座りだした。
「エーデルちゃん、また休憩?」
まだ森を歩いて2時間過ぎだが、エーデルの休憩宣言はこれで12回目である。フィールドワークには慣れていると言っているが、その割には体力が無さすぎる。そして出会った当初から、気になったのは、あまりにも細すぎることだ。
(年齢は僕と同じ15のはずなのに、背丈は10歳辺り。あまり身体が強くないのかな)
「私は疲れましたの、しばらくは動きたくありませんわ」
「まぁ、現在地を確認するのには丁度いいかな。地図と方角を確認しながら、今後どう進むか考えるよ」
エーデルはまた魔方陣に手を入れた。今度は魔力回復薬とティーカップを取り出した。そろそろノーチェにも魔力補給を勧めたほうがよさそうだ。
各々は突きだした根の上に腰掛け、武器やら道具やらの手入れを始める。
「…何かいるな」
アルバが唐突に呟き、立ち上がった。
「モンスターがでたの?」
「でも、広範囲分析には何も引っかかっていませんわ」
「いや、もっと遠くだな。しかも臭うぞ…血の臭いだ」
その一瞬、アルバの瞳孔が開いたように見えた。
猟犬の様に、気配と臭いの元へと突き進む。しばらく歩いた頃、アルバが巨木や茂みの影に身を潜め始めた。
3人も同じ様に巨木に隠れ、アルバの視線の方向を見る。
草花の上に横たわる4人と、それを囲む様に立つ7人の人間が居た。
倒れている人間はジェネレシアの制服を着ており、皆血まみれで息も絶え絶えだった。
そして取り囲む人間は皆中年で、武器防具の種類はバラバラでどれも見すぼらしく見える。それだけなら冒険者とも見て取れるが、暴力的な目つきと悪辣な人相が普通の冒険者でないことを物語っている。
「盗賊ですわ。まさかここに現れるなんて」
ジェネレシア学園製の武器防具は高値で取引されることも多く、それらを狙ったならず者も多い。
しかしこの森は定期的に冒険者が巡回しており、学生の野外実習の時期にはその警備も強化されているから、こんなことは滅多にないはず。
(なんで盗賊が…いやそんなことは後だ)
余計な思考を振りはらい、どう助けるか作戦を立て始める。
「どうしますの?私ならこの距離でも2、3人の賊の手足くらい撃ち抜けますけれど」
ここから盗賊のいる距離はおおよそ50m、確かにエーデルなら盗賊に勘付かれること無く無力化できるだろう。しかし全員一斉に無力化しなければ、戦闘も避けられないし、何より生徒を人質にされるかもしれない。
「いや、先に生徒の救出を優先しないと。まずは4方に待機して。僕が眩い光で盗賊の視界を奪うから、ノーチェとエーデルが生徒を避難させて治癒。アルバは…」
アルバはずっと盗賊の方に視線を合わせていた。
「アルバ…?」
呼びかけるが、全く反応が無く、目をギラギラさせている。まるで獲物を見つけた肉食動物の様だ。
肩を揺さぶろうと、手を伸ばす。
それより先に、アルバが盗賊目掛けて走り出した。
「アルバ!先に生徒の救助を!」
しかし声は届かなかった。
足音に気づいた盗賊が各々、武器を構え始める。
(まずい、数は圧倒的に向こうが上だ)
1人目の盗賊が十字弓を放った。アルバは放たれた矢を素手で掴み、矢の威力に身を任せて投げ返す。それが1人目の眼球に命中した。
盗賊まで2m、2人目の盗賊が小斧を振るう。アルバはその腕を叩き斬り、顎目掛けて蹴り上げる。ガラ空きになった2人目の腹目掛けて、アルバは拳を突き立てた。激しい出血と共に臓物を引きづりだされた2人目の顔が苦悶の表情を浮かべている一方、アルバは純粋な笑みを浮かべている。
左右から3人目と4人目が長剣を振るうが、2人目の身体を盾に使って防いだ。意識朦朧な2人目を3人目目掛けて蹴り押し、その間に4人目の首を斬り落とした。
そしてその首を掴み、背後を狙った5人目の頭目掛けて叩きつける。頭蓋骨の砕ける音と共に地に伏せた。
「ア、アルバ…、?」
「ひっ!?」
「ど、どうしましたのよ…」
ノーチェは顔を引きつらせ、エーデルは混乱している。
内臓や血、眼球が飛び散る様は見るに堪えない惨劇だが、脳はこの光景を処理しきれず、3人は目を覆うことも出来ない。
喰らい尽くす様に盗賊をいたぶるアルバは、今までで一番楽しそうな顔をしていた。
瞬間、脳裏に故郷の記憶がフラッシュバックした。
魔物が故郷の人達を食い荒らす惨劇だった。
この記憶がフラッシュバックするのは、いつも魔物を目の前にした時だけだ。
「魔物なんて、いないはずなのに…、なんで?」
身体が強張り、息も荒くなり始める。
もちろん目の前にいるのは人間だけで、トラウマを起こす原因がいるはずも無い。
(まさか…、そんな)
いや、魔物なら居るのかもしれない。
そうでなければ、あんなに楽しそうに人殺しをするはずがない。
祝福:アルバ
⦿桜紋
任意の箇所に桜の紋様を浮かばせる。アルバの闘気で攻撃することで、紋様の箇所は脆くなる。
⦿人斬り
人間相手へのダメージが倍増する。
⦿飢血の狼
血の匂いを嗅ぎ分ける。しかし血を嗅ぎすぎると殺人衝動を発症する。




