第9話:劣等生
おぼろげな視界に写っているのは、あの時の地竜だった。しかし現実より恐ろしく、巨大な。
あの時のようにノーチェを守ろうと、剣を振るう。しかし何もできず、僕は地面へ叩きつけられる。地竜は僕に目もくれずノーチェへと迫る。ノーチェは怪我をして動けない。
早く立ち上がらないと、早く、早く…。
「もう、失いたくないっ」
声を引き絞るが、そんなんで地竜は止まらない。
地竜はノーチェへと食らいつかんと、覆いかぶる。
最後に写ったのは、助けを求める彼女の顔だった。
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「ノーチェっ!!」
手を伸ばそうと起き上がる。
視界に写るのはいつもの寮だった。
さっきの光景が夢だったことに安堵しようとするが、まだ心臓はバクバクと鼓動しているし、脂汗が止まらない。
安堵しきれないのも、充分あり得た未来だからだろう。あの時、助けが来なければ、悪夢は現実になっていたのだから。
(そもそも僕がもっと強ければ、ノーチェを守りきれたんだ)
十数年前だって、自分に力があれば故郷も滅びなかった。
「もう失うのは嫌だ。もっと…強くならないと」
基礎的なトレーニングだけではまだ足りない。
そう思い立ち、袖に腕を通す。
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まず始めたのは、同級生との模擬戦だった。自分の力量について正確に知るには、これが手っ取り早いと思ったからである。放課後の体育館は、生徒が各々鍛錬に励んでおり、生徒同士の手合わせも盛んである。
―カンッ!! カンカンッ!! カンッ!!
同級生に木剣を何度も振るうが、殆ど防がれる。
不意を突いた一撃なら何度か当たったが、大した攻撃にもなっていない。6人連続で手合わせした疲労がここで足を引っ張ってきたのか、隙を突かれる。
―ガンッ!
ギリギリで防御に成功したが、受け止めきれない。そして力負けして、一撃が頭上へと被弾した。
「ぐっ……。降参するよ」
最後に握手を交わした後、相手の人は居なくなった。
(流石に疲れた。少し、休憩しよう)
近くのベンチに座り込み、水を飲み干す。
手合わせの相手は、出来るだけ自分と同じ力量の人を選んだつもりだった。しかしその6人全員に敗北した。
(いくら闘気で肉体を強化しても、この有様か…)
はっきり言って、自分と基礎的なスペックは学園内でも下位に近かった。だからこそ、相手の動きを観察することでそれを補おうとした。
しかし小手先では埋まりきれないほど、ここの生徒とは大きな差があったことを気付かされた。
(コツコツ積み重ねるだけじゃ足りない。もっと、工夫しないと)
やるせない気持ちで天井を仰いだ。
その瞬間、外から叫び声が響く。
「リーートーーーっ!!!」
その声はノーチェだった。声からしてただ事じゃないだろう。体育館から飛び出すと、5mほどの巨大な獣が暴れていた。三つ目の黒い虎で、ゆがんだ角の生えたその姿は悪魔としか言いようのない。
ノーチェは魔獣の角を掴んで振り回されている。
「ノーチェ!?これどういう状況なの!?」
「友達の使い魔が暴走したみたい!!止めるの手伝ってー!!」
ノーチェは振り落とされるが、俊敏な身のこなしで着地する。
「ノーチェ、先生達は?」
「別の友達が呼んでいったけど、多分時間掛かるかも」
周りを見渡すと、黒い魔獣は3体も暴れており、他の生徒達が戦っている。その内の、ノーチェが角を掴んでいた魔獣はリトへを睨む。
(こんな悪魔相手に…)
また記憶がフラッシュバックする。
恐怖心のせいで上手く闘気を巡らせられない。
「不味いこのままじゃ…。ノーチェも早く逃げっ…!?」
魔獣は既に僕達を叩き潰そうとしていた。
ノーチェを連れて早く避けなければ、しかし恐怖が身体をその場に縛り付ける。
(もう…ダメだ…)
思考が止まりかけたその刹那、ノーチェが勢い良く僕を押し倒す。おかげで2人とも怪我は無かった。
「ノーチェ!?助かった、ありがとう」
「しっかりしてリト!もう君は昔の君じゃないんだよ!すごく強いんだから!」
(そんな事ない…。現に僕は守られてばかりだ)
だからこそ、次こそは守らなければならない。
実戦用の白曜の剣を抜き、魔獣へと向ける。
心を奮い立たせ、闘争心を沸き起こそうとするが、魔物への恐怖で戦意を失ってしまったようだ。
(ダメだ、まだ闘気が使えない。なんとか避け続けないと)
魔獣が噛みつこうと牙を向ける。
その牙を剣で受け流そうとしたが、受けるどころか弾き飛ばされてしまった。
「ぐっ!」
「リトっ!!」
追い打ちをかけるように、魔獣はリト目掛けて進むが、ノーチェが魔獣の顎目掛けて蹴り上げた。同じく闘気の籠もっていない一撃だが、それでも悪魔は僅かによろける。
「リト早く逃げて!アタシが何とかするから」
立ち上がろうとした瞬間、右足と背中に激痛が走る。骨をやってしまった様だ。ノーチェはリトに意識を向けているせいで、魔獣に気づいていない。
「ダメだ…ノーチェ。早く逃げろ!」
手も声も届かないまま、魔獣は無慈悲に襲いかかった。その光景はあの時の悪夢と同じだった。
「ノーチェ!!」
魔獣の牙はノーチェへと迫るその刹那、
――ガキンッ!!
青年がノーチェを庇い、武器で牙を受け止める。
銀のウルフカットに蒼眼、紺色の羽織をはためかせるその青年は、
「「アルバ!?」」
2人で彼の名を叫んだ。
「おう大丈夫か?後は俺に任せなっ!」
アルバは魔獣の膂力をもろともせずに、弾き返す。魔獣が大きく怯むと、その瞬間にアルバは、刀に霜を纏わせていた。
「【霜桜】!」
霜の纏った刀を振るうと、魔獣の視界は霧で覆われる。更にアルバは魔獣の腹部へと回り込み、前脚目掛けて叩き斬る。
「【春寒波】!!」
前脚は驚くほど簡単に切断され、魔獣はバランスを崩す。霧が晴れたにも関わらず、魔獣の視界は未だにアルバを捉えていない。
アルバは追撃として、首めがけて斬り上げる。刃は分厚い喉仏をきり裂き、魔獣は断末魔を上げることすら許されずに、絶命した。
(凄い、まるで《《狩り》》だ)
同い年にしてはあまりにも殺しに慣れている動きだと感じた。そしてその過程を踏むことも楽しんでいるとも感じた。何故なら、アルバが魔獣の肉を断つ瞬間だけ、《《笑っている》》様に見えたからである。
(いや、きっと錯覚だな)
トラウマを刺激された影響で錯乱していると、リトはそう自分に言い聞かせた。
「相棒、ノーチェ、怪我はねぇか?」
アルバは2人に歩み寄り、心配の声をかける。
「アタシは特に怪我はないよ。リトが特に怪我がひどい」
そう言いながらノーチェは僕に回復魔法をかけてくれた。
「アルバ、ノーチェのこと助けてくれてありがとう。君が居なかったら…」
「気にすんな、相棒のダチは俺のダチでもあるからな」
「そういえばアルバ、他にもあの魔獣が居たと思うけど大丈夫だった?」
「ああ、殆どは遠くに行ったが、多分教師連中が片付けてるから問題ねぇだろ。隣にもう一体いたが、そいつはエーデルが相手してたぜ。あいつ一人で大丈夫だといいが、」
「私の心配なんて、随分と舐められましたものね」
エーデルが優雅に歩く。
「おうエーデル、そっちも片付いたみてぇだな。いやぁもう一体の相手してくれて助かったぜ」
「あの程度の獣、大したことありませんでしたわ。それにしても、由緒正しき学園でこんなトラブルがおこるなんてね」
「エーデル、ありがとう。君も居てくれなきゃどうなっていたことか…」
思えばエーデルに会ったのは入学式の時以来だった。あの時、ノーチェとエーデルがピリピリしていたのが懐かしい。
「よくあの獣相手に無事で済みましたわ。私に感謝しなさい。私が相手にしていなかったら、貴方達も無事では済まなかったのですから」
「ねぇエーデル」
ノーチェがきまずそうにそう呼ぶ。
「なんの用かしら?」
「守ってくれて、ありがと」
初対面がああだったから、素直にお礼を言われるとは思わなかったのだろう。エーデルは若干面食らっている。
「ドミヌワイス家として当然のことをしただけですわ。貴方も、ただの田舎娘にしては中々に勇敢なようね」
そう言ってエーデルは何処かへと去っていった。
「そんじゃ、俺は他に魔獣がいないか一応見てくるぜ。相棒、おめぇは早く医務室に行きな」
アルバもワクワクした様子で、魔獣がいるだろう方角へと走っていった。
「ねぇリト、怪我は大丈夫?」
「もう痛みも無いよ、本当にありがとう。そして、ごめん」
急に謝られて、ノーチェはキョトンとした表情を見せる。
「結局、僕は守れなかった…。守るって約束したのに、僕が弱いせいで、君を危険に晒した…。本当にごめん」
「なーに言ってんの。アタシは君のオネーサンだよ?守る方なのはアタシなんだから」
笑っているが、内心怖かったのは知っている。ノーチェが自分をオネーサンと自称している時は、いつも無理している時だからだ。
(魔獣に襲われかけた時だって、君の顔は怯えていた)
それでも心配させないように、自分を鼓舞するように彼女は笑顔を作る。いつもの自分を取り繕う。
「確かにアタシはリトよりは弱いと思うけど、あんまり無茶しちゃ駄目だよ?」
そんな彼女の方が、ずっと強く見えた。
(だからもっと、もっと強くならないと。じゃないと、強い君を守れない)
ちなみに闘気無しのリトとノーチェが腕相撲したらノーチェが勝ちます。
◉技解説
〇霜桜
刀に霜をまとわせて振るう。
大量の霜が発生するため、攻撃よりも撹乱に向いている。
〇春寒波
刀に氷を纏わせて斬る。切断力が高く、アルバが使用する技の中で一番火力が高い。
◉モンスター紹介
〇三つ目の玄虎
種族:悪魔
危険度:4
3つの目と捻れた角を持つ黒い虎。耐久力と魔法耐性が高く、盾として優秀な悪魔。しかし消費魔力が重く、実用出来るのは高位の黒魔術師のみ。




