眠れない夜の正体。
ご先祖様の教えも残るは一人だけだ。
最後の教えは僕の祖父が残してくれたものだ。
祖父は数年前に死んでしまった。
祖父はよく眠る人で、また、口数の少ない人だった。
祖父は年をとってからも八時間は寝ていた。
若いときは十時間以上寝るのが普通だったらしい。
祖父の部屋は家で一番日当たりの悪いところにあり、部屋の窓には遮光カーテンが二重にかかっていた。
ベッドはそこはかとなく高級感があって、マットレスは低反発で表面には凸凹があった。
枕元にはオーダーメイドの枕とアイマスク、シリコン製の耳栓が置いてあった。
祖父は寝る二時間前には部屋の照明を暗くして、読書やストレッチをして眠くなるのを待った。
そして朝はいつも決まった時間に起きた。
僕と祖父母の三人でお茶をしていた時の話だ。
僕たちはこたつ机を三人で囲むように座っていた。
テーブルの上には米菓やチョコレートなどが入った茶色の菓子鉢が置かれていた。祖母の横には、ポットと急須、スプーンやナイフが入った小さめの棚が置いてある。
僕たちは祖母が淹れてくれたお茶を飲みながら、何を話すでもなく時間を過ごした。
しばらくたって、祖母がトイレに行くといって部屋を出ていった。
祖父と二人きりになると、少し居心地が悪かった。
祖父は口数の少ない人だったし、僕も自分からしゃべることもしなかった。
僕は菓子鉢に手を伸ばし、お菓子を一つ取って食べ、お茶を飲み、また気まずくなってはお菓子に手を伸ばした。
そんなことを何度か繰り返しているうちに祖父が口を開いた。
「よく眠れているか」 祖父は縁側の外を見ながら言った。
「うん、ちゃんと眠れてるよ」
僕は祖父の方を一瞬だけ見てから手元に視線を戻した。
「よく眠ることは大切なことだ。お前が眠れているならそれでいい」
そう言うと祖父はまた黙ってしまった。
祖父は二人きりになると決まって、「よく眠れているか」と聞いた。
僕は決まって、よく眠れていると答えた。
なぜそんなことを聞くのか聞いたことは一度もなかった。
僕がよく眠れているというと、祖父はいつも満足そうな顔をした。
僕は祖父が満足したならそれでいいかと、話すのをやめて、あとは気まずさを紛らわすため、お菓子に手を伸ばしていた。
祖父との思い出話をしすぎてしまった。そろそろ祖父の教えを紹介しておこうと思う。
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『よく眠りなさい』
「眠ることを軽視してはいけない。
私の周りではいかに睡眠時間が短いかを争っているやつがいるが、滑稽な話だ。
私は毎日八時間寝ている。あいつらは六時間しか寝ていないと自慢げに語る。だからいつもイライラしているんだ。
私は他のすべてを投げ打っても睡眠を確保してきた。
飯を食べて睡眠時間が減るくらいなら、飯を食べなかった。風呂も同じだ。
寝不足でもやっていけるという人間は何かを勘違いしている。
私は生産性の話をしているわけではない。
我々人間はより良い活動をするために眠るのではない。
よりよく眠るために活動しているのだ。
お前たちは眠りを疎かにしないように。
いいか、私たちは眠るために生きているんだ」
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祖父は、人は眠るために生きていると言った。
僕は祖父の言葉を聞くまで、気持ちよく明日を迎えるためによく寝るものだと思っていた。
睡眠不足だと、小さなことでもイライラするしやる気も起きない。
健康のためにはよく眠る必要があるし、頭を使う前日にも眠る必要がある。
僕はより良い明日を過ごすために寝ていた。
祖父は何が言いたかったのだろう。
一つの仮説として、祖父は「死」のことを眠りと言っているのではないか。だけど祖父は睡眠の話もしている。
睡眠の大切さを伝えるための表現の一種だったのだろうか。
僕にはわからない。
でも、祖父の言葉がずっと気になっている。
使い古された言葉のように、満足して死ぬために、精一杯人生を生きようというのだろうか。
僕にはそんな先のことは考えられない。僕が考えられるのは、せいぜい今日の晩御飯、よくて明日のことくらいだ。
明日のことを考えると、時々、どうしても眠れないことがある。
なぜ眠れないのかは僕自身にもわからない。
寝た方がいいのはわかっているけれど、どうしても眠ることができない。
無性に明日が来てほしくないと思うときがある。
明日、嫌なことが待っているなら寝たくないのもわかるんだ。
寝たらすぐに明日が来るから、起きている間は明日が来るのを先延ばしできる。
だけど、特に嫌なことが起こる予定がない日でも明日が来てほしくないと思うときがある。
下手したら、楽しみにしている予定がある日ですらも。
祖父は、人は眠るために生きていると言った。
僕が眠れないのは、眠りを蔑ろにしているからなのか、それとも日々の活動が悪いのか。
僕はただ、静かに安らかに眠りたいんだ。
でも、何かが僕の眠りの邪魔をする。
この何かと仲良くなりたいとずっと思って生きてきたけれど、いまだに仲良くなれない。
いまだに顔も名前、性別すらわからない。彼か彼女なのかわからないけど、そいつはかなりの隠れ上手みたいだ。
僕がかくれんぼの鬼だったら見つからなすぎて泣いてしまう。
でも、ずっと隠れて見つけてもらえない方がもっと悲しいのかもしれない。
だから僕はいつの日か、僕の眠りの邪魔をするそいつを見つけ出して、仲良くやってやろうと思っているんだ。
最後にそいつのことを思って考えたことを書き留めて祖父の教えは終わりにしようと思う。
なかなか寝付けない夜、意識はとめどなくあふれ出る思考に飲み込まれる。
呼吸は浅くなり、何をしても焦燥感が消えない。
その焦燥感から逃げるために、次々に刺激に手を伸ばす。
やがて肉体は限界を迎え、いつの間にか眠りに落ちる。
眠ることで、呼吸を浅くし、焦燥感を駆り立てる何かから一時的に逃れることができる。
だが、その何かは絶対になくならない。その何かはいずれやってくる。
生物の仕組みに組み込まれた防衛システムが、日々の眠りを通して警告する。
それを、言葉にできないそこはかとない不安と考える。
将来への不安、人間関係でのストレス、そういったもう少し具体的なものに変換するかもしれない。
しかし、それはそんな具体的なものではない。それは魂に刻まれているものなのだ。
来るべき眠りがあなたを駆り立て、恐怖させ、無力にする。
逃げることはできない。
今はまだ実体を伴わないそれは、いつの日か実体を伴って確実にやってくる。
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『眠りと死神――予行練習としての日々の眠り――』
人生の最後の日、家のインターホンが鳴る。
カメラで玄関を確認する。
けれど、そこには誰も映っていない。
玄関の前には何もない。
人影も、音も、気配もない。けれど、何かが来たのだとわかる。
再びインターホンが鳴る。
驚いて一歩後ずさり、片手を口に当てる。
目は落ち着きなく部屋の中をさまよう。
あたりを見回し、手に取れる武器を探す。
台所に行って包丁を取り出し手に取るが、何を相手に構えればいいのかわからない。
握った包丁を、流し台の上に放り投げる。
何か武器はないかと右往左往し続けているとき、鏡に映る自分の顔に気づく。
瞳孔が開き、口は堅く結ばれている。
自分の呼吸が止まっていたことに気づき、肩で大きく息をする。
そのあいだもインターホンはずっと鳴り続けている。
引きつる喉で無理やり唾を飲み込んでから、鏡の前を後にして、カメラの方にゆっくりと歩き出す。
画面には、やはり何も映っていない。
襲撃に備えるために、再び武器を探そうとする。カメラから目を外し、振り返る。
そこには、死神が立っている。
顔も、名前も、性別もわからない。
けれど、よく知っている。
眠れない夜に何度も感じていたもの。
呼吸を浅くし、焦燥感を駆り立て、意識の端でずっとあなたを見ていたもの。
それが、ようやく形を持って、目の前に立っている。
人生で最大の驚愕と戦慄を味わう。
しかし、声を出すことも動くこともできない。
恐怖が声になる前に、死神があなたの意識を刈り取ってしまう。
死神はいつの日か、家のインターホンを鳴らしにやってくる。抵抗しても死神から逃れることはできない。
選択肢は二つある。
一つは最後の最後まで恐怖にさらされながら抵抗することで、もう一つはお茶とお菓子を準備して客人として迎え入れることだ。
どちらにせよ、恐怖は感じるし、待っているのは死である。
違いがあるとすれば、多少の満足感があるかどうかだ




