夢のタイムリミット
これまで僕の家に伝わる七つの教えを紹介してきた。
あなたが退屈しなかったならいいのだけれど。
最後になるが、僕の家に伝わる伝統曰く、僕も死ぬまでに遺言を残さなければならない。
僕は九十歳くらいまで生きるつもりだからあと六十年以上あるけれど、とりあえず今なんとなく考えていることを残しておこうと思う。
それは夢についてだ。
夢というのは、寝ているときに見る夢じゃなくて、現状とはかけ離れたところにある目標のことだ。
僕は最近、夢について考えている。
夢について語るときに、よく出てくる二大巨頭がある。
それは才能と努力だ。
才能のある人間は初めてでもうまくできるらしい。
小説を書き始めて、うまく書けなかった僕には、小説を書く才能がないのかもしれない。
それを努力で補おうとしても、努力する才能も持ち合わせていない。
熱中できることをすれば努力はいらないと、誰かが言う。
そういう人たちは寝る暇も惜しんで、物事に没頭するらしい。
僕にそんなことが起きたためしはない。
僕には熱中できることなど何もなかった。
寝る暇がなくても寝てきた。
何をしていたって、気づいたら布団の中で携帯をいじっていた。
現実を見ろと言われた。
何が現実なのか僕にはわからなかった。
僕にとっての現実は、「叶えたい理想」と「叶えるだけの力がない自分」の二つだけだった。
それ以外のものが入り込む余地はどこにもなかった。
叶えたい夢や理想は常に遠くにあり続けた。
それは人生の道しるべのようにも見えたし、蜃気楼のように漂い、ありのままの姿を隠しているようにも見えた。
力のない自分は常にそこにいた。
奴は頼んでもないのにずっとそばにいた。
何度もさよならを告げたけれど、いつの間にか戻ってきていた。
僕にとって都合の悪い何かは常に目の前にあり続けた。
その何かから目を背けることはできたし、今までもそうしてきた。
だが、それが消えてなくなることはなかった。
その何かは、日に日にその不都合さを増して、おぞましくなっていった。
それでも僕は蜃気楼めがけて歩いていくしかないのだと、自分に言い聞かせた。
たとえ、蜃気楼を抜けた先にあるものが、見えていた景色と違っているのだとしても。
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『夢追い人と最後の審判――ある男の独白――』
俺は自分のことを蔑んでいる。
また、逃げ出してしまった。
こんなことをしている暇はないのに、なんでいつもこうなんだ。
すぐ投げ出して、目標を達成できない。
どうすれば続けられるんだ。
そうやって、続けられない現実から目を背ける。
目標は夢を叶えることだ。
必要なのは、十分な水準に達することと、それを知らしめることのはずなのに。
俺は、続けられないことにとらわれる。
まず考えるべきなのは、夢に届くために何が必要なのか、そのことのはずなのに。
俺は鍛錬で自分の能力を伸ばそうとする。
そして鍛錬を怠ったことを、いつも嘆いている。
そうすることで、現実を見なくて済む。
夢が叶わないのは、欲しいものが手に入らないのは、鍛錬が足りないからだと自分を納得させる。
俺はますます鍛錬をしようと躍起になり、そのたびに何も続かない自分に挫折する。
そうしてまた、傷ついた心を癒してくれるものを探し求める。
それはどこかに転がっている情報かもしれないし、誰かの肯定の言葉かもしれない。
はたまた、物事を続けられるようになる秘訣かもしれない。
それらは傷ついた心を癒してくれる。
だが、才能をもたらしてはくれない。
そもそも、日々の鍛錬を続けられない俺に、鍛錬し続ける才能はない。
夢を叶える才能がないのではない。
鍛錬する才能がないのでもない。
ないのは、鍛錬し続ける才能だ。
そして、もし夢にタイムリミットがあり、
その夢を達成するためには相応の鍛錬が必要ならば、
タイムリミットが近づけば近づくほど、夢が叶う可能性は低くなる。
できることは、夢に近づくことをあきらめて、夢を俺の方に近づけることだけだ。
いずれにせよ、俺は自分に夢を叶えるだけの才能があるのかわかっていない。
それでも、俺の無限の才能と可能性は、まだここにあり続ける。
何も成さないことで、何をも成し遂げることのできる自分のイメージを守り続けている。
そんなものを守り続けるだけの忍耐が、まだ備わっていることに、無意識のうちに安堵している。
だが、この鋼のような忍耐力もいつかは限界を迎える。
俺が必死に守り続けてきた、何をも成し遂げられる可能性は、積み重なった何も成し遂げられなかった自分たちに敗北する。
俺はそのときを恐れている。
逃げようとしても逃げられない。
いつかはわからないが、そのときは確実にやってくる。
そのとき、死神の来訪を待たずして、最後の審判が下されるのだ
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あとがき
誰かが青年に言った。
「お前は視野が狭まっている、自分の考えに固執して現実が見えていない」
青年は答えた。
「お前は何もわかっていない。視野の問題じゃないんだ。
俺の視野を三百六十度見えるようにして、地球の裏側のごみ箱の裏まで探したって、お前の言っている選択肢なんて見つかりはしない。
俺の視野が狭まっているんじゃない。
そもそもそんな選択肢は俺の世界には存在していないんだ」
また別の誰かが言った。
「お前は現実から逃げているだけだ。実際問題、お前は何もしていないじゃないか。ぐうたらして楽をしているだけだ」
青年は答えた。
「俺は現実から逃げてなどいない。
俺は自分が弱いことを知っている。
もう何度も経験した。
何度も、何もできなかった。
そのたびに強くなろうとした。
だけど、いい加減、そんな現実逃避はやめたんだ。
なあ、お前。俺が弱いって?
そんなことは知ってるよ。そんなことは、知ってるんだよ。
俺が弱くて、必要なことを毎日やることすらできない。
そんなことは何度も起きている。
お前が見ているこの一瞬は、俺の人生で頭がおかしくなりそうなくらい、何度も、何度も繰り返されてきたんだ。
でもね、お前。お前が言っていることも正しいんだ。
俺は今も現実から逃げ続けている。
でも、それは変えることはできないんだ。
それでもやりたいことがあるんだ。
だったら、もう何かを捨てるしかないじゃないか。
だから、俺はお前の言う現実を捨てたんだよ。
後から現実に飲み込まれたって知るもんか。
俺は自分の現実を見るために、いらないものを捨てただけだ。
それが未来の自分を追い立てることがわかっていても、そうするしかほかに道はないんだ」
誰かが言った。
「理解してもらえないみたいな顔をしているけれど、あなた何も言わない。言ってくれないと何も伝わらないよ」
青年は答えた。
「そんなことを言われても俺には何も言うことはないんだ。
俺がやりたいのは夢のようなものだ。
夢は理解してもらうものじゃない、理解させるものだ。
俺が何を言えばいいんだ?
口でごちゃごちゃ言って、達成可能性は極めて低いけど頑張ってます、って言えばいいのか。
こんなのみじめなだけじゃないか。
俺が理解されるときは成し遂げたときだけだ。
成し遂げなければ、何もしていないのと一緒なんだ。
だから、俺はすべての批判に対して何も言うことはないんだ。
俺は自分の弱さに向き合い、そして強くなる以外にないんだ。
そういう人生を選んだんだ」
静まり返った夜、スタンドライトに照らされた部屋の中、青年は椅子に腰かけ、机の上に置かれたA3用紙に目的もなく文字を書き連ねていく。
彼は自分の鼓動が速くなっているのを感じた。
浅くなった息に気づき、肩で大きく息を吸い、呼吸を落ち着ける。
青年は考えた。
(俺の根源にあるのは怒りだ。
これは何に対する怒りなのだろうか。自分でもよくわからない。
だが、これが怒りであることはわかる。
それは決まって夜に訪れる。夜はよけいなことを考えるんだ)
そこで青年は思考を止めた。
ペンを置き、立ち上がる。
明かりを消し、ベッドに入り、目を閉じて眠りにつく。
僕は、全部うまくいきますように、と小さくつぶやいた。
「アーメン」




