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不幸と遺伝

触らぬ神に祟りなしということわざがある。


僕はこの言葉を、かかわらなければ被害を受けることはないといった意味で解釈している。

僕は人生単位でこの教えを実行している。大抵のことには関わっていない。



触らぬ神に祟りなしではあるけど、触れてみないと神様も相手をしてくれない。

これはジレンマである。

僕は面倒ごとは嫌いだが、かまってちゃんでもあるのだ。


前置きはこのへんにしておいて、次のご先祖様に登場してもらおうと思う。神に相手にしてもらえなかった男の話だ。


彼は飲んだくれだった。

先祖代々受け継いだ土地を売って、そのお金で酒を飲むくらいには飲んだくれだった。

嫌なことがあれば酒を飲んだ。嫌なことがなくても酒を飲んだ。暇さえあれば酒を飲んだし、暇がなくたって酒を飲んだ。


彼は酒飲みだったが、家庭を持ち、妻子がいた。

最低限のお金を稼ぎ、必要より多くなった金はすべてお酒に変わった。


彼の口癖は、神様は不公平で不平等だ、で大抵のことを呪っていた。

僕が思うに、彼はアルコールを分解する酵素は持っていたが、不幸を分解する酵素はあまり持ち合わせていなかったんだと思う。おそらく、遺伝的に。


不幸を分解しきる前に次の不幸がやってきて、彼は不幸で酔ってしまった。


---------------------------


『神より酒の方が役に立つ』


「誰も俺の気持ちをわかってくれない。

俺の言うことも聞いてくれなかった。両親はまともな愛情もくれなければ、教育も与えてくれなかった。


社会は俺のことをろくでなしとバカにして、ガキどもは俺のことを尊敬していない。


どいつもこいつも俺のことを蔑ろにしたし、理解してくれなかった。

自分はまともな人間ですみたいな顔しやがって、理解できるものだけ見やがって、何が共感だ。お前らがやってるのはただの縄張り争いだ。


なんで俺だけこんな不幸な目に遭わないといけないんだ。


神様は不公平で不平等だ。


こんな人生に何の意味があったというんだ、俺にあるのは酒だけだ」

------------------------------------------------------------------



彼は誰もやりたがらない仕事をしていた。

それは誰かがやらないといけない仕事だが、誰にでもできて、少なくとも特別な能力を必要としなくて、尊敬されない仕事だった。


彼は社会のことを憎んでいた。

彼が本当のところ、どれだけ不幸だったのかはわからない。

彼には育ててくれる両親がいたし、帰るべき家があり、家族がいた。食っていけるだけの金を稼ぐ働き口もあった。


だけど彼は自分のことを不幸だと感じていたし、実際問題、彼が不幸だと思っていたなら、紛れもなく不幸だったのだと思う。

僕が思うに、彼の心には特別製の掃除機が備え付けられていた。

悪い意味で特別製のそれは、彼の心を少しずつ蝕んでいった。


彼の人間関係はうまくいったためしがなかった。

はじめは仲良く、和気あいあいとうまくやっていくことができた。

けれど、彼の掃除機には、たまったごみを取り出す機能がなかった。


彼の心は日々の些細な出来事を吸い上げ、ため込んでしまう。

どうして今日は少し不機嫌なんだろう? 

そっけない返事。

今の表情はどういう意味だ? 


そしていつの日か決まって壊れてしまった。

そうなると彼は決まって、いかに他人が自分にひどいことをしたか、どれだけ自分が迫害されているかを訴えた。


他人が彼にしてくれた善いことは、ほとんど残らなかった。

なにせ、彼の心は特別製の掃除機でできていて、掃除機が吸い取るのはごみだけなのだから。


僕の心も特別製の掃除機でできている。

僕は自分でダストボックスを掃除できる。

だけど、特別製のフィルターが厄介な働きをする。


僕のフィルターは良いことは半分にしてしまうけれど、悪いことは四倍にして取り込んでしまう。

あんまり使い勝手の良い掃除機とは言えない。


僕が彼の教えで気になっているのは、不幸が彼を作ったのか、それとも彼が不幸を連れてきたのかということだ。


仮に彼の心が特別製の掃除機でできていたとして、彼は自分で特別製の掃除機を作ったのだろうか? 

そういう選択をしたのだろうか? 


それとも、彼の意志とは関わり合いのないところで、彼にはどうすることもできない力によって、必然的にその掃除機は作られたのだろうか。


彼の人生のある瞬間を切り取ったときに、彼が不幸を作り出しているとして、その一瞬の中にいる当人になにかできるのだろうか。


その瞬間では、あらゆるものに形を変えた不幸が彼に影響を与えている。

そして起きた出来事を不幸と思うのか、それとも幸福だと思うのか、それからどう影響を受けるかさえも特別製の掃除機のように、自分にはコントロールできないものによって決められる。


どうにもできなかったものを積み重ねた結果として今があり、彼のように金もなく、社会的地位もないという事実が目の前に現れる。


僕だったら、どうするだろう。

僕にできるのは、これでいいんだと自分に言い聞かせることくらいだろうか。


僕はそういうことが大の得意だ。

自己正当化というのかもしれないけれど、解釈の可能性と言った方が幾分か素敵だ。


そもそも自己正当化というのは、誰かや何かにあれこれ言うことで、自分を保つことだ。


僕がやりたいのは、自己承認であって、誰かに自分が正しいことを説明する必要はないのだ。


だけど、その解釈の仕方さえ、本人には選べないのだとしたら。

僕には何かできることがあるのだろうか。


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『不公平と不平等――選択権と必然性――』


「人々のあいだで、迷路攻略ゲームが流行っていた。出口を目指すだけの、単純なゲームだった。

迷路は、人によって形を変える。


だが、どの迷路にも共通していることが三つあった。

分かれ道は一度しか現れない。

立ち止まることはできない。


そして、どちらかを選んだ瞬間、選ばなかった道は跡形もなく消える。

プレイヤーは、必ずどちらかの道を選ばなければならない。右へ進むこともできる。左へ進むこともできる。


どちらを選ぶのかは、本人の自由だった。


だが、分かれ道がいつ現れるかを決めることはできない。

右の道に何があるのかも、左の道に何があるのかも、選ぶ前にはわからない。


そこに罠があるのかもしれない。化け物がいるのかもしれない。

出口へ続く安全な道なのかもしれない。


選択することはできる。


ただし、その選択を迫られる場所も、選んだ先に何が待っているのかも、わからない。

それでも、プレイヤーは選ばなければならない。


この迷路は、そういうふうにできている」


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