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#04 『炎と狼の詩』





「は――!?」


 あっさりと、唐突に目の前で起こった死に、全員が目を剥いた。

 巨大な剣、いや、肉切り包丁というべき粗雑な凶器が岩塊を砕いて突き刺さる。物言わぬ屍と化した隊長がまき散らす血しぶきに、人々は怯えた。

 穴の空いた壁ががらがらと音を立てて崩れる。慌てふためき調査隊が散り散りに離れる中、ゆっくりと出てきたそれは、暴力の化身のような姿だった。豚鼻、クマのような毛並み、大男を上回る体格。オーク。ダンジョンにおける魔物達の中でも、その肉体の屈強さは悪名高い。


「――オークだ!!」

「くそったれ、湧いた魔鉱石の層が通路を隠してやがったんだ……!」

「そんな、変異型でも聞いたことねえぞ!?」


 スコッパー達が色めき立つ。それは発生初期のダンジョンにいていい存在ではない。全員が四等級以上のスコッパーで構成された現役のパーティが十全な装備を以て挑む必要がある、凶悪なモンスターの代表格である。

 

「くそ! オークのチャンバーか……!? 槍持ち、前へ!」


 気を取り直した副長の声にしたがって、数名の前衛組が槍衾を張った、その時。


「グォォォォッォォォォォ!!!」

「ッ!?」


 洞窟中に大音声が響き渡る。続く地響き。通路の奥からも、崩れた壁の向こうの部屋からも、数十の巨体の影が猛烈な勢いで迫っていた。


「おいおい、何体いやがるっ!?」

「うろたえるな! 前衛組、前へ出ろ! ぼさっとしている場合じゃねえ!」

「でも、た、隊長が!」

「もう死んでる! 吸魔石はこっちで預かっている! 壊滅するわけにはいかん!」


 まだ冷静さを保った副長からの激が飛び、弓持ち達から弓が飛ぶ。幾らか気勢は削がれつつも、オークの巨体と大盾持ちが真正面からぶつか合い、跳ね飛ばされる。すかさず剣持ち、斧持ちが穴を埋めるように立ちふさがったが、圧されていた。


「くそっ! ”装備持ち”だ!」

「矢と槍が通らねぇ! ぐぅっ!」

 

 人型の魔物は、弱い場合には何も持たない姿で生まれてくる。だが強い魔物になると、鎧や武器、中には第五元素アイテールを扱うマジックアイテムで己を装って生まれてくるものがいるという。

 粗末ながら鉄の防具を身にまとい、包丁を子供の背丈まで引き延ばした大きさの”肉切り包丁”を持つオーク達は、”装備持ち”と呼ばれる。スコッパーには忌み嫌われる、しぶとい相手だ。


「……っ」


 ユーリは言葉が出ない。あまりにも唐突に始まった、原始的な戦い。散発的に襲ってくる魔獣狩りなどではない。人と魔物が集団で命を賭けてぶつかり合う戦い。始めて体験する、ダンジョン攻略戦の姿だった。

 小間使いの子供に出来ることは、何一つありはしなかった。あまりにも無力な己が不甲斐なく、ユーリは痛むほどに拳を握る。


「小僧、儂から離れるな」


 後衛組の守りを任されているデーン爺の顔にも、焦りが浮かんでいる。共にじりじりと後ずさりしながらも、戦況は瞬く間に悪化していく。


「死ね豚野郎!」

 

 ネスティも悪態をつきながら駆け回る。迫りくる肉切り包丁を避け、オークの腕を切りつける。だが威力が足りない。腕を落とすには至らない。

 弓持ち達の矢が雨のように前方のオーク達に突き刺さる。気勢は削がれ、その隙をついて振り降ろされた剣と斧によって、何体ものオーク達が倒れ伏す。だが、更にその背後からはまた新たなオークが追いついてきた。

 

「やめろ、やめ、あああああああ!」


 前衛組の斧持ちがふるった斧を掴み取り、むんずと上半身を引き寄せて腕にかじりつく。慌てて周囲の槍持ちが槍を突き込むも、助けることは叶わず、無残に斧持ちは引きずられ袋叩きにされる。

 圧倒的な暴力だった。後退しながらも幾らかのオークは討ち取ったが、後ろからはまだまだオーク達が押し寄せてくる。押し返すどころか、前線を支えることでスコッパー達は精一杯だった、

 

「副長! これじゃ突破は無理だ! 一旦引いて立て直しを――」

「くそっ――撤退、撤退! 後衛組、走れ!!」」

「ひ、ひぃっ」


 副長の檄が飛ぶと、固まって怯えるしかなかった後衛組が潰走を始める。荷車を置き去りにし、恐怖に足をもつれさせながら、全員が走り出していた。

 

「走るぞ、小僧!」

「は、はい!」


 デーン爺に首根っこを掴まれ、まるで激流のように戦況が変わっていく。目まぐるしく起こる目の前の出来事に、少年はただ流されることしかできなかった。


「はっ、はっ、はっ、はっ……!」

 

 息が切れる。恐怖に手足が痺れる。体は熱いはずなのに、背筋に走る汗は冷たかった。

 

「弓持ち、何してやがる! 足止めだ! 走りながら打て!」

「無茶言うんじゃねえ! クソっ!」 


 絶望的な声が背後から響く。

 前衛組は下がりながら散発的に当たって遅滞に務めるものの、討ち取れる数よりも倒れていく人の数の方が徐々に増えていく。

 背筋にぞくりと走る悪寒。ユーリは直感に弾かれて、視線の先でふらふらと走る同輩の背中に手を伸ばす。


「おい、おまえ、あぶな――」


 瞬間、同輩の小間使いの首が吹き飛んだ。オーク達が突破しきれない前衛組に業を煮やし、石と死んだ前衛組達の武器が投げつけてきていた。運悪く流れ玉に当たった者達が死んでいく。


「ひ、ひぃっ!」

「な、なんでっ!?」


 一人、また一人と倒れていく。断末魔の声を聞きながら、全員が走る。助ける余裕など、誰にも無かった。 


(死にたくない……死にたく、ない……!)


 空いた口から涎が走る。

 ユーリが小間使いになって二年の間、分が悪くなって撤退を余儀なくされる間引き任務は何度もあった。だが、こんなにも簡単に人が摺りつぶされる事など無かった。

 これが、本当のダンジョンアタックなのか。声にならない言葉が口から漏れ出ようとするも、恐怖に引きつった少年の口からは荒い息しか漏れない。

 そうしている間にも、無残に死は撒き散らされる。


「追いつかれるぞお前ら、急げ、ギィッ――!?」

「副長!?」

「まずい、吸魔石が……!?」

「いいから走らんか! 」


 仲間の死体を投げつけられ、態勢を崩した副長の喉笛に、無残に刃が尽きてられる。支えを失った副長の首が落ち、掛けられていた吸魔石も同時に地に落ちる。瞬く間に殺到したオーク達の足で、淡い燐光を放つ水晶石は砕かれた。

 この瞬間、再攻略の希望は完全に潰えた。スコッパー達には逃げる術以外、この穴倉に対処する術は無くなった。


「走れ、走れ、小僧! もう遠くない! 洞穴を抜けたら居残り組も馬もおる!」

 

 老爺の励ます声が聞こえる。振り返ることをあきらめ、全力で腕を振るう。

 入口が見えた。誰もが望んだ、外の光だった。


「あと……少し……!」


 荒い呼吸に胸が詰まる。思うように動かない足を何とか前に突き出す。あと少し、あと少し――そして、ようやく潜り抜けた先の風景に、ユーリは思わず足を止めて絶句した。


「――え?」


 居残り組は、入り口前に野営のキャンプを張っていた。

 だが。

 なぜ、これだけ洞窟中に響き渡る戦いの音に、居残り組からの救援がなかったのか。

 なぜ、走っている途中で、入口前にキャンプを張っていた筈の居残り組が見えなかったのか。

 答えは単純だった。

 

「なんと……」


 追いついたデーン爺も言葉を失った。

 木に張りつけにされるように転がっている死体。四肢のあちこちを食いちぎられた荷物持ちの子供。逃げ出すこともできず、真っ二つになった馬車――それらを取り囲む、オークの集団。


「小僧!」

「っ!?」


 足を止めたユーリの首根っこを掴み、デーン爺は大きく跳躍した。

 直後、ユーリのいた場所に巨大な石が投げ込まれる。デーン爺はユーリを抱えながら入口の横脇に大きく転がった。的当て遊びのつもりだったのだろう。巻き込まれた数名が摺りつぶされた肉塊になる有様を見て、オーク達は嘲笑した。大当たりだ、と。


「オークが、なんで外にいるんだ……」

「”スタンピード”か……居残り組は、森に向かった連中は……」


 ザーラ盆地には、二つのダンジョンが湧いた。

 一つはここ、崖に掘られたトンネルのような洞穴ダンジョン、”コード・ゴルフ”。

 もう一つは、”コード・フォックストロット”と名づけられた森のダンジョン。

 

「壊滅したのか……!」


 もう一つの調査隊の全滅と、逃げ道を失ったことを意味していた。


「な、なんだよ、なんで、ここにも豚野郎がいんだよ!?」


 残り少なくなった前衛組が追いつき、返り血にまみれたネスティが、凄惨な現状に愕然と目を剥く。

 それはつまり、オークも追いついてきたということで――。

 ユーリは再び訪れた自分の直感に従い、青年に体当たりするように全身で跳躍した。

 

「ネスティさん!」

「ッ!?」


 デーン爺の傍を離れ、反射的にユーリの体に突き飛ばされ、空いた空間を何かが通り過ぎる。追いついてきたオークたちから投げ放たれた肉包丁だった。

 

「てめえ、なんで――」


 間一髪命をつなぎながらも、悪態を突こうとした青年の言葉が止まる。

 その視線の向こうには、いま生産されたばかりの死があった。ここまでたどり着いた筈の、青年の仲間たちの無残な圧死体が見えた。青年が間一髪で避けた死は、彼の仲間たちの元に降りた。


「お前ら……畜生、畜生、なんでこの目に合わなきゃいけねえんだよ! くそったれがぁッ!」

 

 洞窟から遂に顔を出したオーク達に、自棄になってとびかかった青年の剣は打ち返され、冗談のように森の木立まで跳ね飛ばされていった。

 前衛組は、壊滅した。


「ぬぉぉぉぉぉおおおおおッ!」


 裂帛の気合と共にデーン爺が大斧を振りかぶり、オークの首が吹き飛ぶ。


「右手に走れッ! 小僧!」


 オーク達のいない方角を示しながら、デーン爺とユーリは弾かれたように走り出す。洞窟を囲む深い森、道ともいえない道は、木立が邪魔になってオーク達は思うように彼らを負えない。それでも、有り余る暴力で邪魔な木をなぎ倒しながら、オーク達は哀れな獲物に迫る。


「はっ、はっ、はっ、はっ……!」


 空気が足りない。

 もう少年の身体は限界だった。洞窟の中からここに至るまで酷使し続けた足は疲労で張りつめ、まるで棒のようだった。老爺も息切れが激しく、足取りはひどく重い。

 

「グォォォォォォォォォッッ!!」


 ばらばらと散らばるオーク達の中、追いついてきたのは最も力強いオークの一体だった。盛り上がった肩は巌のようであり、その筋力の全てを使って巨大な包丁が振り回される。

 逃げきれぬと悟ったデーン爺は足を止め、己の背丈ほどもある愛用の大斧でもって迎え撃とうとした。


「ぬぅぅぅぅぅんんんッッ!」


 ドワーフの血を引く老爺の、命を燃やさんとする一撃だった。己の三倍ほどもある魔物に臆せず向かいあう背中を、刹那の一瞬でユーリは見守る。

 雷撃のような大音声と共に肉切り包丁と大斧がぶつかり合ったかと思えば、次の瞬間にはオークとデーン爺が互いに大きく吹き飛んでいた。


「デーン爺!!」


 老爺が大木に叩きつけられ、すかさず走り寄り――ユーリは血の気を失った。

 右腕が、あらぬ方向にひしゃげている。大斧は相手の刃ごと砕かれ、足には折れた欠片が深く突き刺さり、頭からも大量の血が流れていた。

 致命傷だった。


「あ、あああ、ああ……」

 

 何を言えばいいのかわからない。

 手当をするべきだった。だが、何をどうすればいい。かついで逃げれば良いのか。混乱する頭の中でいくつもの手段が飛び交うも、震える手は空を切る。


「逃げろ、小僧」


 口からあふれ出る血にむせこみながら、デーン爺は残った左手を掲げる。指さす方向には一段低い坂があり、オークの影は無い。残された唯一の逃げ道だった。


「で、でも……オレ、見捨ててなんて……」 

「子供が化け物に喰われるところを見るのは、もうごめんじゃ」

「グォォォォォォォォッォ!!!」


 思いがけぬ反撃だったのだろう。傷を負い、怒り狂ったオークが咆哮する。

 縋りつくユーリを引きはがすように、デーン爺は残った左手でユーリを突き飛ばした。 


「――デーン爺!!!!!」


 視界が回転する。ごろごろと低い草の生い茂る坂を転がり落ちる――上を見上げた瞬間、血しぶきが舞った。


 初めての調査遠征で、不慣れな己を導いてくれた恩人だった。

 何度も励ましの言葉をかけられ、その大きな背中で助けてくれた。まだ、会ってたった数日にしか過ぎないけれど。故郷から売られてきて身よりも頼るものもないユーリにとっては、久々に受ける人の暖かみだった。

 斧を教わり、スコッパーになれれば、彼に恩返しをする日もあった筈だった。


 だが、その未来は、永遠に失われた。


 無残に胴を叩きつぶされた老爺は、声を上げることもなく絶命した。


「グゥゥゥゥゥゥゥ」 

 

 最も目触りな障害を排除して喜んでいるのか――ユーリには、そのオークの声がまるで嗤い声のように聞こえた。

 凍り付いたように手足が動かず、少年は立ち尽くす。ぐるりと見渡すオークの首が、こちらを向いた。


「はっ、はっ、はっ、はっ....!!」


 目が合う。

 心臓がバクバクと音を立て、耳に響く。

 歪む赤い瞳は、目前に迫る死の塊だった。

 

(オレは)


 力がない。

 何もない。

 勇気もない。

 恩人の命で買った僅かな時――それも無為に終わる。


 ――本当に?


「こんな」

 

 乾いた喉の奥で、何かが震える。ごろごろと身体の内側で何かがうねる。叫びだしたいような何かが、恐怖を塗り替える。


(竦むな)

「こんなところで」


 顔を起こし、敵の姿を見る。数多の人間を葬ってきたオーク達の中でも特に魁夷な要望を持つ、オークの首領であろう、それ。はっきりと見据えても、恐怖は無かった。

 

(怯えるな)

「何も出来ないまんま」 


 頭の中に、誰ともつかぬ声が響く。一言、一言、口からまろび出る言葉につられるように、身体は熱を取り戻していく。脳天からつま先まで、燃え滾るような力が漲った。怒りの力が。 


(腹の底から、吠えたてろ)

「お前なんかに……お前らなんかに……」


 武器はない――いや、ある。背嚢に背負った、小ぶりなスコップ。捨てることさえ忘れて走ってきた。ユーリは無心で手に取り、拳が白むほどに握り締める。なんでもいい。あのクソの鼻づらに、この鉄の塊を叩きつければいい。

 このクソったれた不条理に、ぶちまかしてやればいい。

 ふざけるな、と。


 脳内の撃鉄が落ちる。

 がちん、と音を立てて、自分の中の何かが壊れたのがわかった。


「喰われて、たまるかッッ……!!!」


 近づいてこようとするオークに正対し、一歩を踏み出そうと立ち上がった時。


 その時、空から、”炎”が走った。







 鷲乗り用の航空眼鏡に、雨粒が叩きつけられる。

 中央の最新型のそれはよく雨を弾いてくれたが、霧と雨のカーテンを割いて全てを見通せる訳もない。地上ではただの雨が、高度数百メートルの上空では、まるでシャワーの只中にいるようだった。


『お嬢さん、これでは見つけられん! 空トカゲの奴らが飛び回ってないのは幸いだが、我々もこれでは遭難するぞ!』


 大空をわが物として飛び回る大鷲族といえど、悪天候の中を永遠に飛び続けられる訳ではない。イズラハとて一刻も早く地に降りれるものならば降りたかった。外套などでは防ぎきれない雨粒は全身を濡らし、下履きに至るまでずぶ濡れだ。火の神の加護が無ければ、とっくに低体温症で捜索どころではなかった。

 まだ昼時を少し回るくらいの時間でも、視界は悪い。主を労わる鷲の従者の懸念はもっともだった。


「もう少し北へ! アージェントの尖塔が西に見えるから、何か起きているとしたら北のほう!」

『人助けも結構だが、もう少し己を労りたまえ!』

「もうちょっとだけ付き合って!」 


 割に合わぬなぁ、とぼやく相棒の背を励ますように撫でながら、イズラハは繰り返し周囲を見渡す。

 曇天の中、濃い針葉樹に覆われた北部の大地に、目を凝らす。


『何をそんなに熱心に探している? お嬢様。まさか火の神の預言とでも?』

「わからない!」


 わからない。そう、わからなかった。イズラハ自身にも。

 なぜ自分がいまここにいるのか? 

 自分は、”何”を探しているのか?

 火の神に預言を授けられた一族の末席として、神託を受けたのか?――否。

 少なくとも、ここまで生きてきた人生の中で、神そのものを感じたことは一度もない。今もそうだ。


 それでも、うっすらとした、背筋に走る予感がある。

 見捨てるな、と誰かがささやく声が。


「これ以上行くと盆地の北限に近い。少し西によっーー」

『待ってくれ、お嬢』


 ピッケはそういうと、首を左右に振る。大鷲族は目も良いが、耳も良い。彼らの羽毛に覆われた耳は、人間には聞こえない旧時代のソナーのように使っているのだという。


『聞こえる、あそこだ。オークだ』


 羽ばたきを数度。素早く向きを変えた向こう、しばしの後、イズラハの目にも何かが追い、何かが追われる影が見えた。木立が倒れ、枝木が折れる音が微かに聞こえる。


「間に合った!」

『間一髪といったところか...いや、お嬢さん! ”潜る”ぞ!』

「っ! 分かってる!」


 信頼する鷲が頭を向けた先には、今にも追いつかれそうな小さい影が見えた。

 叩きつけられる雨粒が鬱陶しい。イズラハは己の身に纏う”火の加護”を強める。自分の周囲の雨粒が瞬時に蒸発し、湯気となって立ち始める。

 大きく羽ばたき軌道を変える鷲の背の上で、イズラハは己の身につけていたハーネスを素早く取り外す。合わせて槍の留め具を外して握ると同時、友の背の上に立った。


 大鷲からの落下突撃。グリフォンダイブ。

 只人ならば飛び降り自殺としか思えない高さから飛び降り、敵に槍を突き立てる。鷲乗り達の中でも特に優れたものだけに許された、超人的な技の一つである。


「Lantia(神与の鋒よ)」 


 起動聖句。古くから家に伝わる、神から与えられた権能を起こす”要の言葉”。

 十家しかない預言者の一族、炎のカリギリー。腕に刻まれた奇跡を起こす”聖印”が、熱いほどに輝く。


「Ignis(炎の先触れとなれ)ー!!!!」 


 一段目に炎槍の魔法を放ちながら、鷲の背を蹴り降りる。落下による運動エネルギーを充分に載せた槍の突撃。鷲乗り達をやっかむ者からは”自殺志願者”と呼ばれるその特攻は、地上にまろびでた魔物達にとっては死刑宣告に等しかった。


「でいやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 空を走る火の玉となった彼女は、その勢いのまま、驚愕に目を大きく開くオークの巨躯に、槍を突き立てた。


「グオォォォォォ!!!」


 オークの臓腑を、長槍は深く貫く。巨躯を焼いて余りある炎が、余勢を駆って雨に濡れた大地に走り、濡れた草むらを火の地獄へと変えた。

 炎熱が肉を焼く異臭の中、抵抗するオークの屈強な腕が己を貫いた敵を排除しようと振り回される。


「遅い!」


 イズラハは強くオークを蹴り上げて槍を抜き放ち距離を取ると、魔法のような手際で槍を翻し、その喉笛に穂先を突きこんだ。


「グッ……」


 ついぞ反撃する間も無く、オークの巨体が崩れ落ちる。通常のオークよりも一回り大きいその巨体が動かなくなったことを見遣り、イズラハは生き残りの姿に目を向けた。


「あなた、無事?」


 血と泥でぐしゃぐしゃとなった少年が、呆然とこちらを見ていた。灰色の髪に色の白い肌、典型的な北方人の特徴に、少しばかり珍しい金色の大きな瞳。オークに抗おうとしたのか、スコップを持つ手は、痛々しいほどに震えていた。


「間に合って良かった。あなた、調査隊の一員? 他の隊員達は?」


 自失したようにイズラハの姿を見上げていた少年は、そう問うと己を取り戻し、一拍置いて力なく首を振った。

 全滅か。

 胸中に湧いたその言葉が、苦みを伴って胃に落ちていく。


「……そう」


 一息つくと、更に追いすがってきた無数のオーク達の咆哮が耳をつく。びくりと震える子供を安心させるように、イズラハは声を掛ける。

 

「少し、休んでいなさい。私の名は、イズラハ・新城・カリギリー。ダーリントン鉄道連盟本部監察局第十三席。"火守のカリギリー"の名の下に、あなたを保護します」


 差し伸べた手に、おずおずと伸ばされた少年の手が重なる。

 血と泥に塗れたその小さな手のひらは冷たかったけれど、確かに己の手で救えた命だった。



 イズラハ・新城・カリギリー。

 ユーリ・◯◯◯。


 後世の歴史家曰く。

 この二人の改革者の出会いより、新時代は始まる。










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設定TIPS


魔族ストレンジア

 元はダンジョンから生じた魔物であったが、高い知性があり、人類との共存の道を選んだ魔物のことを”魔族”と通称する。都市型など大規模な生存圏ごと顕現した場合に稀に発生する。


 彼らは盟約に基づき、人類の法と良識への準拠と、対ダンジョン・対龍生存競争に対する協力を行うことを条件に、都市市民権や交易による人類文明への同化を選んだ。


 彼らは元々住んでいた世界から突然転移し、ダンジョンという形でこの地球世界へと出現してしまった異邦人であると語る。一部は同じ世界からの転移であるが、必ずしも同一世界とは限らない。

 特に人間と交配可能なほどに近しい人型種族の中でも、早期に地球世界に現れたドワーフ、エルフ、小人族、一部の獣人族などは、数百年の時の中、差別と分断の歴史を乗り越え、現在では人類種の一部とみなされている。


 大鷲族は古くに転移してきた一族の一つ。元の世界でも龍と深く対立しており、この地球世界に顕現した後、龍の大群から激しい攻撃を受け、滅ぼされかけた。そこに現れた預言者十家の変わり者と盟約を結び、人類の側についた。彼らは寿命が長く、出生率が低い。数々の龍との戦いにより鷲乗りの数は年々少なくなっており、いまだ航空機を"再発明"できていない人類にとっては、貴重な航空戦力である。


 龍と対立しているが、人類の中でも龍を屠ることを使命として流浪の旅を続ける民族、”龍狩りの民”とは不干渉の間柄である。



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