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#03 せめて己の前では死んでくれるな





 光る魔鉱石を設えたランタンの明かりに照らされる洞窟は、今のところ静かだった。

 老爺の視線の先で、その矮躯には似合わない大きな背嚢と、小ぶりのスコップを担いだ少年が、恐る恐る歩みを進めていく。


「そう怯えんでも大丈夫じゃ。みそっかすとはいえ、戦える人間がここには何人もおる。今から気を張っててはもたんぞ」


 強張った幼い顔が向けられ、こくりと頷く。


 老爺から見た少年は、哀れな子供だった。

 ユーリを買い取った斡旋業者は、指折りの悪徳業者と呼ぶに相応しい。スコッパーの調査隊や発掘隊につく小間使いは、死亡率の高い職業だ。何があるわからないダンジョンの中で、いざとなれば簡単に彼らを捨てるスコッパーは多い。悪く言えば使い捨てだ。


(だが……)


 老爺は一人ごちる。ボロの外套と作業着に、僅かな食い扶持だけを投げ、後は知らぬ存ぜぬというのは、いかに雑人といえど待遇は悪い。

 北部はたしかに貧しい。それでも、少年と交わした身の上の話の中でこぼれ聞いた、一日あたり十枚の銅貨というのは、あからさまな搾取だった。


「儂の斧にかかればその辺の魔物なんぞ真っ二つよ……ん? 信じておらんな? なに、儂の若い時にな、東部諸島で魔物があふれかえったときには、湧いてくる魔物をばっさばっさとだな……」


 殊更おどけてみせると、少年の肩の強張りが少しだけ緩む。

 老爺はスコッパーに付き従う多くの子どもたちを見てきた。運良く生き残ったものもいるが、その大半は三度も顔を合わせれば見なくなった顔ばかりだった。寒村から売られてくる子供に、戦いで生き残る術などあろうはずもない。ギルドの引き合わせが悪く、腕の悪いスコッパーに当たれば、後の生死は運次第だった。

 故に、関わらずにいるつもりだった。長年の蓄えを叩いて穀倉地帯に農場を買い、その全てがダンジョンの管理を疎かにした愚かな都市の怠慢によって、全てを失った。

 連れ合いも子も孫も、全て魔物の腹に飲まれた。

 惰性のまま斧を振い続ける世捨て人にとって、孫のような年頃の子供に情が移ることは、耐え難い苦痛に思われた。


「デーン爺、もしこの調査が終わったら、斧を教えてくれませんか」

「ほっほ、構わんが。小僧の背丈で振れるような小斧があればな」

「……無ければ、作りますから」


 むっとした顔で少年は黙り込む。

 スコッパーになりたいのだろう。荷物運びでその人生を終えたくはないのだろう。少年はずっと健気だった。勝手がわからずに蹴とばされながらも、頭を下げて雑用に走り回る姿を、ここ数日ずっと見守ってきた。


「オレ、手先は起用なんです。ギルドの修繕の親方に頼み込んで、ちょっとだけ工場を借りられれば……」

「おいおい、思い付きでドワーフの仕事場を借りようとするな。奴らの誇り


 素直だが、ここで終わってなるものか、という若さゆえの気概もあった。その利発さが、同輩の小間使い達には疎ましく、孤立しがちなのだろう。

 聡く、だがその使い道を知らない、愚かな子供だった。


「巻き割り斧でよければ貸してやるわい。まずは振り方からじゃ」

「やった。約束ですからね、デーン爺」


 せめて己の前では死んでくれるな。


 老爺の胸の内は、誰に語られることもない。

 

 洞窟の闇は未だ深かった。







 散発的に寄ってくる弱い魔物を蹴散らしながら、調査隊の歩みは止まらない。

 洞窟は幸いにも今のところ広大な一本道で、乾いた岩面の道が少しづつ下り坂になっている。隊長、副長を含めた腕の立つ前衛組が先頭に立ち、弓使いと荷車を引き背嚢を背負う後衛組が後に続く。


「大した事ねえな」


 手早く猪の魔獣を仕留めたネスティは、剣についた血を振り払いながらうそぶく。生意気な振る舞いながら、他の隊員が数名がかりで突き殺す魔物を一人で仕留めてみせる腕は確かだった。


「荷物持ちども! 牙は回収しておけ!」


 隊長の声を受けて、弾かれるようにユーリを含めた数名の小間使いたちが走り出す。戦闘訓練など受けたこともないユーリは、隊員たちやデーン爺たちの影に隠れることしかできない。背負った”魔法の背嚢”――重さは五分の一、容量は五倍――の中に、急いで牙を放り込んでいく。


「ぐずぐずすんなよ、灰被り」

(なんで絡んでくるんだ、こいつ) 


 意地悪く牙を蹴とばしてくるネスティに内心悪態をつきながら、ユーリは何もいわず牙を拾い上げる。手間取れば置き去りにされ、拾わなければユーリ達の給金も下がる。小間使いの耐えどころだった。


「隊長、先を急ごうぜ。どうせ発生初期の洞窟型だ。道は一本のはずだろ?」

「うるせえ、ネスティ。どこから横穴が生えているからわからん。大きな”チャンバー”を持つ変異型だったらお陀仏だろうが」


 隊長が無精髭をさすりながら苛立って言った。


 「いいけどよ、こんなとろとろ進んだら日が暮れちまう。この穴倉ん中で野営はごめんだぜ」


 洞窟型のダンジョンは、地上への出入口の少ないアリの巣に近い。

 初期はダンジョンコアが置かれる最奥の部屋と、地上までの縦穴が繋がった単純な構造である。

 だが、ダンジョンコアが万能元素アイテールを生み出し、魔物と魔鉱石が許容量まで満ちると、ダンジョンは更なる拡張を始める。これが大きくなればなるほどに、魔物を生み出す部屋であるチャンバーの数は増え、魔物はより強くなる。


 「第一、この大所帯だぜ? いくら腕が鈍った盆暗とジジイどもだからって、びびりすぎなんじゃねえか」

 「”強化印”もまともに使えねえ盆暗だらけだろうが。そんなに腕に自信があるならおめえ一人で突っ込みやがれ。いい囮になるだろうよ」


 強化印は万能元素アイテールを己の強化に使う為、スコッパーが身体に刻む入れ墨である。スコッパーとして成り上がっていく為には必須のものだが、適正のないものには刻むことが出来ない。この調査隊では隊長、副長を含めてほんの数人。調査隊としては異例の少なさといっていい。


「何だと……!」

「やめろ、お前ら。内輪揉めで任務失敗だなんて日にはいい笑い草だ」


 呆れた顔で痩身の副長が仲立ちに入る。

 緊急招集で集められた隊長と副長は、引退した第四等 銅紅貝のスコッパーで、長い経験を買われて長の役目をギルドから託された。一方で、ネスティはいま勢いのある若手で、僅か三年で一つ下の第五等まで上り詰めた。野心的な若者には、安全策がまだるっこしく感じられて仕方ないのだろう。

 ユーリを含めた後衛組も、不安そうに揉めている姿を見つめる。前線組がヘマをすれば、被害をこうむるのは彼らのほうだ。

 

(頼むよ、ちゃんとしてくれよ……)


 ネスティは、”北の雄牛団”という最近勢いのあるクランの所属だ。スコッパーは単にギルドに組合員として参加する者も多いが、ダンジョン産のアイテムを扱う商会や、同じ出身地などの面子で集まるクランなどに所属し、パーティでダンジョンに潜るものも多い。功績を上げたものはダーリントン鉄道連盟と直接取引をして、大金を手にする者も多いという。


(そんな、個人的な理由で)


 二年間、小間使いとして散々こういった揉め事は見てきた。

 だが、同じ穴倉に潜っていても、スコッパーと小間使いでは、あまりにも世界が違う。無力な小間使いに、彼らのいざこざを収める力も、諫める力も無かった。

 揉めている男たちの姿を見遣り、デーン爺は肩を竦める。


「困ったもんじゃ……だが、奴の腕は立つよ。隊長も副長も真正面からやりえあえば危ういじゃろうて。強いものだけがモノを言う権利がある。スコッパーのパーティというもんは、どこまでいっても寄せ集めじゃ」


 強いものだけが。その言葉が、ユーリの胸に突き刺さる。


「だがな、あの手の手合いは、長生きせんよ。そら、進み始めた。ワシらもいこう」

「……はい」

 

 納得しきれない気分を抱えたまま、ユーリは歩き出した。

 

 調査隊は、そろそろと歩みを進めていった。

 地面と壁には、僅かな燐光を放つ箇所が増えてきていた。この燐光を含む鉱石が、人類にとっては貴重なエネルギー源であり、様々な金属に加工される魔鉱石だった。いつもの癖で、ユーリは足元に転がる淡く光る小石を拾い上げる。


「拾うておる暇はないぞ小僧。もったいないが捨てておけ」

「デーン爺、オレ、ずっと気になってたんですけど。オレ達はスコップだけじゃなくてピッケルも使うのに、なんで”スコッパー”って呼ばれるんです?」


 石を掘るといえばスコップというより、ピッケルだ。ピッケラーと呼ばれていてもおかしくないのに、なぜスコッパーと呼ばれるのか。子供の素朴な疑問に、老爺は答える。


「由来は色々あると聞いとる。製錬前の魔鉱石は、だいたいが柔くて脆い。タイタンスコップなら刃が通るからの。スコップで掘って、そのまま荷車に石を詰め込めば早いじゃろ? 大昔は、今みたいに前衛組と後衛組なんて分かれていなかったそうじゃからな。強化印持ちのスコッパーたちが戦いから採掘まで全部こなしていた。その名残っちゅう話もある」


 歩きながら、ユーリは背嚢と共に背負ったスコップに目をやる。


「湧出した魔鉱石が崩落してきて生き埋めになった、なんて話もある。そいつは、わしらモグラどもの最後の命綱じゃよ――ん?」


 視線を前に戻すと、隊列は進行を止めていた。


「……妙だな」

「どうした」

 

 居丈高な隊長とは異なり、副隊長は口数が少ない。そんな男が呟いた言葉に、隣を歩くスコッパーたちは眉根を寄せた。副隊長はほのかに光る岩壁を撫でながら呟く。


「魔鉱石の層が妙に厚い」

「コアチャンバーに近づいてきたってことじゃねえのか? 奥にいくほど層は厚くなんだろ」


 口を挟んだネスティが、壁を撫でる。


「にしては、まだ浅い。幾ら初期の洞窟型とはいえ、たったこの程度の距離でコアチャンバーってのは余りにも浅すぎる」

「いや、こいつは……」


 何かに気づいた隊長が、前衛組を静止するように手を上げる。


「静かにしろ」

 

 隊長が壁を叩きながら音を聞く。

 耳を澄ませながら、こんこん、こんこん、と音を聞き――その音が、明らかに変わった。

 空洞音。


「くそ、この穴倉、やっぱり初期型じゃねえ……! 変異型の――」


 何かに気づいた隊長が声を上げた瞬間。

 轟音を立てて何かが壁を貫き、隊長の上半身が吹き飛んだ。



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■ダンジョン

 ”大崩壊”の際、太平洋上に生じた”大穴”と同時に、世界各地に出現した。

 最奥にダンジョンコア、中途に魔物を生む部屋チャンバーがあり、第五元素アイテールが一定の量に満ちると、空中から湧き出るように魔物が出現する。原則として、ダンジョン内にいる魔物は、生殖による増殖は無い。

 魔物と同様に、コアから漏れ出る第五元素アイテールが一定の量に満ちると、多様な魔鉱石が湧出する。この魔鉱石は第五元素アイテールを豊富に含み、光にも熱にも変換することが出来る、現人類にとっては不可欠な資源。この魔鉱石の湧出と貯蓄のループが繰り返されるごとに、ダンジョンはより大きく、広く、深く成長する。

 ダンジョンコアは破壊するのみでは再生してしまう。その為、吸魔石という人工的に作り出す結晶構造体をコアの代わりに捧げることで、ダンジョンの成長を停止させることが出来る。

 最も多いのは洞窟型。他にも塔型、都市型など様々な形態がある。

 出現時には”顕現光”と通称される発光現象が発生。元ある地形を塗り替えるように生じる。発生地点はランダムだが、人口密集地帯そのものへの発生は、数百年の歴史の中では極稀である。

 吸魔石設置前のダンジョンは、フォネティックコードに則った記号で呼ばれる。A~Zまで使い終えた後、またAに戻るを繰り返す。


 科学文明を復興できていない大崩壊以後の人類にとって、突然出現するダンジョンは最悪の天災であると同時に、エネルギーと各種鉱物資源を採集する為の鉱山でもある。


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