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#02 ここではないどこかへ





 与えられた客車に案内され席についたとき、イズラハ・新城・カリギリーには、己がまるで檻に飼われる愛玩動物のように感じられた。


 床には赤絨毯、座る座席は美しい深緑のベルベット、まさにダーリントン鉄道連盟が誇る最高峰の貴賓用車両に相応しい。金縁に飾られた板ガラスに、ウォールナットの節目なく滑らかな窓枠は手に優しい感触を伝えてくれる。

 だが、今のイズラハにとっては、全てが鬱陶しかった。


「本列車を任されております、車掌長のスターク・ロイルと申します。この度は当車に”赤のご一族”であられるイズラハ様にご乗車いただき、誠に光栄のことと...」


 もみ手をした男が大仰な言葉を口にするたび、イズラハは頭を抱えたくなる。

 だが、この仕事について三年、この手の手合いには慣れていた。外行きの笑顔を張り付かせ、一礼を返す。


「わざわざのご挨拶、痛み入ります、車掌長。しかし、ただの業務です。お気遣いいただくには及びません」

「とんでもございません。何かご不便がございましたらご遠慮なくお申し付けください」

「車掌長、私はわが身の不始末から、実家から勘当されている身です。そのように遇していただくものではございません」

「とんでもない! お家の事情はどうあれ、イズラハ様は最年少の監察官として職務に大変精励されておられると――」


 家の名前に阿るものには飽いている。いかに勘当されていようとも、自社の会長の娘など彼らからすれば血統書のついた爆弾も良いところだろう。その気分がわからないイズラハではなかったが、不要な厚遇を受ける面倒さに変わりはない。


「しかし、お連れになるのが大鷲族と、秘書官が一名だけ、他の護衛もお連れになりませんとは...」


 言いながら、車掌長は室内に控える秘書官に目をついと向ける。


「単なる社命です。毎度毎度、大名行列のように率いては仕事になりませんので」

「なるほど。それでは、お飲み物でもお持ちしましょう。ルイベの果実を絞った炭酸水か、それとも西部はギョーシェのワインが――」

「車掌長殿」

「は、はい!」


 それまで沈黙を貫いていた秘書官は、唐突に会話に割って入った。


「我が主は南部から中央に戻ったその足で北部への出張を命じられ、聊かお疲れです。少し、休ませていただいても?」」

「ハ、ハッ! どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ! で、では私はこれにて失礼を・・・」


 さすがに不興を買っているとようやく気づいたのか、車掌長は泡を食った様子で退出していった。イズラハは溜息を吐き、救いの手を差し伸べてくれた己の秘書官に礼を言った。


「ミラ、ありがとう」

「いえ、これもお勤めのうちと心得ております」


 長年の友である彼女らしい固い物言いに、思わず笑みが漏れる。北部の武人の一族である彼女と出会い、主従の関係となって数年。固い物言いをする少女は、固い物言いをする麗人となった。不器用ながら変わらない友人の気遣いは、この旅で数少ない清涼剤だった。


「あなたも座って。この狭い部屋の中で、人に立っていられると落ち着かないから」

「は。僭越ながら、失礼致します」


 ミラはそっとテーブルを挟んだ対面席に座る。


「あなたが止めてくれなかったら今頃、高級珍味のオードブルの大盛りと、大道芸人でも押し付けられてたかもね」

「ついでにオペラと花火も」

「まさか」


 と笑うイズラハだったが、若干の引きつりが混じる。つい先日、南部で似たような扱いを受けた苦い記憶が頭をよぎった。


(いつからこの組織は、こんなにも”お上品”になってしまったんだろう)

 

 イズラハは内心でそう呟く。


 都市を結び現人類の経済の大動脈である、ダーリントン鉄道連盟。

 今でこそ小さい都市国家など顎でこき使う、とすら言われる経済主体も、元々は荒々しい開拓者の集団だった――そう語ったのは彼女の祖父だった。

 実の娘から権力闘争で追い落とされ、つきものが落ちて好々爺となった祖父に、母の目から隠れて忍び会いに行くたびに家の来歴を語って聞かせられた。


 『カリギリーの先祖は、火の神から第五元素アイテールを扱う力を授かった後、生き残りを探した。大崩壊の後に孤立した人々を繋ぐ仕事に、その一生を賭けた』


 文明を失い、原野に帰っていく大地に道を作る仕事は、並大抵の労力ではない。草と砂をかき分け、モンスターの襲来を退け、一度補給が途切れれば水も食糧もたちまちに不足する。

 それでも、文明再建の為、都市を結ぶ交通網が不可欠と信じ、最初は街道を。技術に秀でたサナンダン家が内燃機関に替わる動力として、アイテール機関を発明した後は、カリギリー家の初代当主と工員達は、鉄道敷設にその人生を捧げた。


 最初期こそ、大規模な地殻変動の影響から辛くも生き残った旧世界の道路やレールを再利用していたという。しかし、人間の皮算用を嘲笑うように生まれるダンジョンの場所はあくまでも不規則であり、結局その大半は未開の地をかき分けていく作業となった。


 『イズラハ、私たちは今でこそ名家などと呼ばれているがね。この大地がおかしくなって以来、私たち人間に安全の保証などどこにも無いんだ。己の生をベット出来るものにこそ、道は拓かれる』


 いま思えば、その言葉通り、”開拓”に人生を賭けた祖父にとって、その言葉だけが己を慰めるよすがだったのかもしれない。孤立する東方諸島郡に橋をかけて大陸鉄道網へ接続する新規路線の開拓。祖父が一生を賭けて手掛けた夢は、社内では触れることさえ禁忌の大損害を生んだ。

 混乱の最中に次代を継いだ母の経営方針が、既存路線重視と社内の引き締めに振られたのは必然であったのだろう、とイズラハは思う。


 だが、それが行き過ぎた先が現在の”貴族化”した組織なのではないか――先ほどの車掌長の揉み手を見れば、その想像は正しいものとイズラハには思えた。そう思うのは、結局、母がもたらした安定の中で産声を上げて育てられた、末娘の甘えなのかもしれないが。


「アージェントまであと六時間となります。ゆっくりお休みください、イズラハ様」

「遠いわね、さすがに」


 手元の腕時計に目を落としながら、ミラは気遣いを述べた。物思いに耽る思考が浮上し、ガラスに映る己の顔とにらめっこをすると、そこには自分でも気づく程度には疲れが見えた。


「まさか帰還の報告後、すぐに北部に飛べとはね。ほんっと人使いが荒いんだから、あの陰険メガネ」

「局長の人使いが荒いのは昔からではありますが……」

「まあ、西部もごたごたしてるし。人がいないのは事実なんでしょうけど。ピッケもずっと檻暮らしで文句言ってるし」

「ピッケ老には後で新鮮な小麦を差し上げるよう、計らっておきます。愚痴も少しは抑えられましょう」


 列車の屋根上に設えられた特製の檻に渋々入っていった、この旅のもう一”羽”の友の苦りきった顔を思い出す。魔族の中には自由に自分の体のサイズを変えられるものもいるが、大鷲族はそうした魔術的なものとは縁がない。人一人を優に載せる巨体は、さすがに列車の客車には入らなかった。この出張に足として付き添ってくれる老鷲には、そろそろ毛づくろいでもして労ってやる必要があった。


「ミラも里帰りしてもいいのよ。社にはうまく言っておくし。アージェントからアルゲンまでなら、列車で半日くらいでしょう? 今回逃すと、またしばらく帰れなくなるかも」


 今回の行先である北部第二都市アージェントは、北方の玄関口にあたる城郭都市である。ミラの故郷である第三都市アルゲンは更に北、銀嶺山脈の麓まで足を向ける必要がある。帰省を望んでも早々赴ける距離ではない。それを慮っての言葉だったが、ミラはあっさりと首を横に振った。


「家は兄が継いでおりますし、母も健康だと手紙をもらったばかりです。いずれまた機会があれば」

「ふーん、ならいいけど。リクドウの叔父様だって会いたがってるんじゃないの?」

「……会うと見合いをさせられますので」


 うへえと言わんばかりに口を歪める友の姿に、イズラハは声をあげて笑う。

 豪放磊落を絵に描いたようなミラの父リクドウ・クダンは、頼れる武人でイズラハの数少ない支援者だ。しかし、私人としての姿を言葉を選ばずに表現すれば、「田舎のおっちゃん」そのものである。クールな愛娘が嫌そうにする一方で、嬉々として見合い写真を押し付ける様子が目に浮かぶようだ。


「私の付き人になんかならなければ、ミラも婚約者くらいはすぐ見つけられたでしょうにね」

「ご冗談を。私はイズラハ様に剣を捧げた身です。結婚、恋愛などよりも、イズラハ様をお支えするのが私の役目」

「そっか、じゃ、ミラのお婿さん探しは私の仕事って訳ね。任せなさい。ミラの好みだから、きっと真面目で一途なタイプでしょう? 年上? それとも弟みたいな年下?」

「いえ、ですから私は――」

 

 齢十四にして引き合わされて以来ほぼ十年。影として献身的に己を支えてくれた友の人生が、日夜仕事と武道の鍛錬ばかりというのは、あまりにも不健全というものだ。主としては一族の中でも群を抜く不良物件であるイズラハとしては、せめて従者に良縁を世話するのは、明白なる天命のように思えた。


「いっそのこと、この仕事やめよっか。監察官なんてただの使いっ走りだし、いずれは中央以外に拠点を持たないと、私たちの”計画”も――?」

 

 変わり映えもせず流れていくだけの風景を眺めながら、益体もない雑談を交わしていると、不意に車室の外が慌ただしくなり始めた。


「カリギリー監察官殿。お休みのところ失礼いたします」

「どうぞ……何か?」


 顔色の悪い車掌長が客車に顔を出すと、イズラハは次の言葉を聴く前に、己の悪い予感の精度を思い知らされた。


「アージェント支局より至急伝あり。ダンジョンから”スタンピード”が発生し、一帯に魔物災害警報が発令。これより当列車は、安全のため、次の駅で一時運行を停止致します」

「ダンジョン?」

「は、はい。急報で、アージェントの管理地域で三つ、同時にダンジョン・アドベントが発生した、とのこと」

「三つ……!?」


 人類に牙をむく魔物と、人類に恩恵をもたらす魔鉱石。それらを同時にもたらす「ダンジョン」は、常に不定期にこの大地のどこかに”顕現”する天災だ。だが、それはこの広い大陸で、年に何度かという頻度であって、一地方に3か所、しかも同時に顕現するなど前代未聞のことだ。


「北部第一都市テラトールの北部スコッパーズギルド本部は、緊急事態宣言を発令。しかし北部の上位スコッパーとアルゲン戦士団を含めた精鋭は西部遠征中とのことで、アージェント支部が残存するスコッパーに緊急招集をかけ、初期調査に向かわせたとのことです」

「最悪の状況ね。調査隊が進発したのは?」

「は、その、三日前とのことです」

「はあ!?」


 思わず拳を卓上にたたきつける。そうせずには居られなかった。あまりにもひどい怠慢である。いくら中央との距離があるとはいえ、伝書鳩を放つ機会はいくらでもあったはずだ。それがいまその渦中に向かっている列車に情報が届くまで、三日もかかるとはあり得ない。


「情報が遅い! 遅すぎる! これほどの事態になるまで連絡も無しなんて、アージェント鉄道支局は一体何をしていたわけ!?」

「は、はぁ……」


 車掌長を怒鳴りつけても、連絡を受け取っただけの彼にどうこう出来るはずもない。眉根を抑えながら、イズラハは気を落ち着ける。


「失礼、取り乱しました。それで、場所は?」

「スタンピードが確認されたのは、アージェント近郊のザーラ盆地の森林ダンジョンとのことですが、比較的近くに洞穴型のダンジョンも顕現しております」


 かなりまずい事態だった。

 ダンジョンからスタンピードが起き、魔物が溢れて別のダンジョンを飲み込めば、ダンジョンの成長は飛躍的に早まる。同時に吸魔石を設置しにいったのであろう調査隊の身も危うい。


「まずは御身の安全が優先となります。次のクルドヴァ駅でご降車いただき、折り返しの列車にお乗り換えください」


 考えろ、とイズラハは己の胸中に語りかける。

 人員が払底しているのであろう北部のギルドに、このダンジョンスタンピードに即応できる戦力は期待できない。鷲乗り達による航空偵察も、そもそも鷲の少ない北部では難しい。必要なのは少数でも機動力のある戦闘可能要員による偵察と、場合によっては救援。それも一刻も早い――迷いを振り切り、イズラハは告げた。


「私が鷲に乗って偵察に出ます」

「は……は!? まさか! イズラハ様にそのような真似をさせるわけには!」

「アージェントにも余裕は無い筈。航空偵察の情報は、喉から手が出るほど必要でしょう。鷲には一人しか乗れない。契約者である私が赴きます」

「しかし!」

「私の家を尊重してくださるのならば、いまここで北部が危うくなることこそ、最大の痛手です」


 イズラハは立ち上がり、制服の上に羽織ったインバネスを翻し、威儀を正した。


「社則第六十九条に基づき、本日現時刻において、本件をダーリントン鉄道連盟の存続に関わる有事と断定。監察官による現場統制権限を行使します。車掌長、あなたは一時的に私の指示に従っていただきます」


 車掌長が何かを言いかける前に、イズラハは畳みかけた。


「一、連盟中央本部に対し、速やかに本件に関する報告が必要です。数分以内に伝書鳩を飛ばすこと。

 二、監察局局長にも伝書鳩を。予備含めて複数羽を用意しているはずね? よろしい。内容は先ほどの内容そのままと、私が偵察に出たということまで。

 三、本列車はこのまま予定通りアージェントまで全速で直行。折り返し運航については現地との調整を行うこと。

 四、私は監察官の独自行動権により、今から直接、大鷲で現地の偵察任務に赴きます。申告済の特荷関連業務については、私の秘書官であるミラ・ブロムダールが代行します」


 顔を青くする車掌長とは反対に、ミラは優雅に腰を折った。


「警備部や総務部が何か苦情を言うようなら、私から強制されたとお伝えなさい。駅到着後の搬出作業において、四番コンテナの積荷は特記事項扱いの為、現地の開封検査には同意せず、必ずアージェント政庁舎までそのまま届けること。イズラハ・新城・カリギリーの名において厳命いたします」


 結局、こんな小娘に、大の大人を付き従わせるための力は、カリギリーの家の名前しかない。号外不遜に言い放ちながら、虫唾が走るような思いだ。うとましく思う家の権威だけが、自分の意志を通すための旅券だった。


「車掌長、よろしいですね?」

「は、はッ!」


 がらりと窓枠を開け放ち身を乗り出すと、少し離れた車上に、探し求める檻の姿が見える。


「あとは頼むわね、ミラ」

「はい。いってらっしゃいませ、お嬢様。どうかご無事のご帰還を」

「ええ」


 腹心の秘書官の一礼を見届け、窓枠の上部を掴み、空中に身を投げ出しながら全身を捻り、列車の天井に着地。第五元素アイテールによって強化された超人的な身のこなしだった。


「寒い……」


 雪山も近い北部の大気を切り裂いて進む列車の風に晒されつつ、イズラハは己の体を抱える。その姿を面白そうに見つめるのは、列車の上部に取り付けられた大鷲族用の天井のないケージでくつろぐ、一羽の大鷲だった。


『おおい、窓は出入り口じゃないよ、お嬢さん。人族の女性は慎みが足りないと嫁き遅れになると聴くがね』

「ご忠告痛み入ります、大鷲族の紳士殿。生まれたときの私に言いきかせてくれてれば、間に合ったかもね。それより、北部でダンジョン・アドベントが起きてる。しかも三つ同時に」

『それは大ごとだ。北部の穴掘り人たちは血相をかいているだろうね。それで、君はどうしようと?』


 ピッケと呼ばれた大鷲は、茶毛の両翼を天に向けて驚きを表現しつつも、怪訝そうにその首をもたげた。


「偵察と、もし間に合うようであれば、初期調査隊の生き残りの救助を。連絡が遅れてる。一刻を争うわ」

『君が首を突っ込むような事態かね? ミラ嬢は?』

「お留守番。第一、人助けよ、人助け。私にはそれが出来る能力があって、それをしなければ私はただ運ばれるだけの暇人。やらない理由はないでしょう?」

『それはご立派なことだがね。君がこういうスタンドプレーをすると、私まであちこちから嫌味を言われるんだよ。知ってるかい? 君の家出の後は酷かった、あの配給班の禿頭ときたら黒カビの生えた麦穂をわざわざだね……』


 鳥齢79歳、自身を人族に勝る文明的な紳士であると豪語する大鷲は、大きく嘆息しながら文句を口にした。

 毎度のやりとりに軽く頭を振りながら、イズラハは彼の背に設えられた鞍に乗り込む。飛行用の外套、飛行眼鏡が入った装具は常に鞍に結び付けられている。愛槍の固定状態も確認すると、慣れた手つきで安全帯を装着し、ぼやく相棒に声をかけた。


「何年前の話よ。いいからほら、さっさと飛ぶ! 緊急事態なんだから!」


 イズラハは急かす様にぽんぽんとその大きな羽を叩く。ピッケは仕方がないとばかりに溜息をついた。


『全く、鳥使いの荒いお嬢さんだ。行くぞ!』


 列車の上を流れる風をその大きな翼で受け流すように、大鷲は飛び立った。風向きは好都合にも追い風、その流れに乗り、羽ばたく度に高度はあっという間に上がる。魔鉱石の燐光を発しながら走る列車が、あっという間に小さくなっていく、


「北西へ! ライトリード大森林を通って、最も近いザーラ盆地地帯へ! 三日も経っているから、顕現光はもう収まっているかもしれない。貴方の目が頼り!」

『やるだけやってみようとも、主殿』


 ピッケは優雅に首を回す。

 人類に友好的な幾つかの魔種族の中でも、大鷲族の知性と、目の良さ、そして飛行能力は特別なものだ。彼らが飛びトカゲと蔑む”竜”が居ない空ならば、大鷲にとって庭も同然である。

 ミラよりも遥かに長く供回りを務める老鷲にイズラハがしがみつくと、一気に高度を上げていく。


「まずいな。一雨来るかもしれないぞ」


 向かう先の北西から雲が早く流れ出している。空気にも湿り気が混ざり始めていた。


「大鷲族随一の紳士ピッケ様なら大丈夫よ。こちとら未婚のレディなんだから、一流のエスコートをお願いね」

『紳士的な遊覧飛行と行きたいが、天気とレディのご機嫌は、私の管轄外でね。まあ、多少の雨ならば、火の神の加護を持つ君ならばどうにでもできようが』

「多少のマナー違反は目をつむるわ――お願い、急いで、ピッケ」

『承ろう』


 羽ばたきを撃つ度、強烈な風が顔を撫でる。

 イズラハにとっては慣れた感触だ。銀嶺山脈から吹き付ける風に冷まされるように、逸る心が落ち着いていくのを感じる。

 大鷲族は決して長くは飛び続けられず、数も少ない。ピッケが先祖との約定に基づいて、子供たちの供回りとして足を買って出てくれるのは、人族全体として見れば異例中も異例のことだ。

 都市の中で生きる以上、彼の背中に乗って飛ぶ機会は、いつだって得られる訳ではない。それでも、彼女が辛いときにはいつだってこのふかふかの羽毛にしがみついて空を飛んだ。


 地平線の向こうまで続く線路を眼下に見下ろす。


 繁栄の為に敷かれたレールであるはずだ。


 どこまでも遠くに行くはずの軌道。だがそれは、彼女にとっては己の生を縛るものでしかなかった。放蕩者と呼ばれ、後ろ指を指されても、家の名だけは常に己の顎を締め付ける。

 鉄の頸城から己を解放してくれるのは、このお喋り好きな老鷲の背に乗っている、僅かなひと時だけだった。


 人助け? 嘘だ。

 家のため? まさか。

 連盟のため? ありえない。


 全ては欺瞞に過ぎない。

 ここではないどこかへ。

 自分ではない何かへ。

 己の命を捨てても構わない、「何か」を探す為。


 イズラハ・新城・カリギリーと名付けられた少女の魂は、叫び出したいような気持ちを抑え、相棒の手綱を強く握りしめた。










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設定TIPS


■ダーリントン鉄道連盟


 東西南北の支社に経営・統括を行う本社の五社と、鉱物資源の生産・精錬を統括するダーリントン工業、農業用各種資源の生産を統括するダーリントン農業、十数個の企業による大財閥である。”連盟”という言葉はこの組織のことを指す。

 大陸全土にレールを敷く、貿易、物流の現文明最大の経済主体であり、正社員は各都市国家において特定二級市民以上の扱いを受ける特権的組織。一部資源生産地域の自治領までも有し、都市国家の集合体として人々を統治する”大陸都市連合”にとっては最大のスポンサー。スコッパーズギルドとの関係は深いが、ダンジョン利権に対しても経済力と武力で強引に割り込もうとすることから、毛嫌いされている。

 庶民にとっては最も憧れる就職先であると同時に、その特権的な姿勢から嫌悪の対象でもある。


 中央本社には各支社を含めた本部機能を持つと同時に、各支社の専横を掣肘・監督する為、いずれの部門にも属さない監察局を設けている。仕事柄、内にも外にも敵を作りやすく、荒事に巻き込まれることも多い。その為、監察官には第三等以上のスコッパー前衛職級ないしそれ以上の実力が要求される。業務の特殊性から、私設秘書または護衛官を三名まで会社給与にて雇用可能など、様々な特権を持つ。


 創設者である預言者十家の一つ、”火守のカリギリー”一族の影響力は、社内においては絶大。

 現盟主は鉄の女帝、クレナ・沙李衣・カリギリー。

 イズラハの実母にあたる。

 



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