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#01 灰かぶりの少年

これまで私の人生を豊かにしてくださった、

この大海原に漂うすべての物語に敬意を表して。







 鷲は地の穴に何があるのか知っているか。

 それとも汝はもぐらの所に行って尋ねるか。

 知恵は銀の杖に納められるか。

 愛は金の鉢に盛られるか。


 ――――松阪正一編『対訳ブレイク詩集』 セルの書,岩波文庫,2004年,157項







 西暦二千年代。

 人類の終わりは、恐怖の大王でも、隕石の衝突でも、環境破壊でもなく、太平洋に突如空いた”大穴”によって齎された。


 直後に訪れた大規模な地殻変動、気候の劇的な変化。

 十三日間続いた断続的な大地震は、インフラを壊滅的な破壊に追い込んだ。

 生き残った人々の悲劇は終わらない。

 別世界と地球上の各地方がまるでかき混ぜられたかのように混ざりあい、地図は用を為さなくなった。


 そんな中、世界各地に同時多発的に生じた、"龍"を始めとする異常に凶暴な動植物と、これを生む洞穴。

 後に”ダンジョン”と呼ばれる場所と魔物による大混乱によって、その最初の一か月で総人口の七割を失った。

 電気と石の文明は終わりを迎えた。


 生き残った人々は、同時期に現れた『神』と、『第五元素アイテール』を用いた『魔法技術』を神から授かった『預言者』達を中心に、人類は、弾丸の尽きた銃を捨て、『魔法』を武器として再武装。

 混乱と飢餓を乗り越え、ダンジョンからの魔物の侵入を押し返し、壁を築いて封じ込めることに成功した。


 さらに、ダンジョンの成長を止める「吸魔石」により、ダンジョンを一定数の魔物と魔鉱石を生む"鉱山"にすることに成功した人類は、ダンジョンを管理する都市群と、これを支える生産地域に分かれて生きる新たな営みを開始する。


 ダンジョンが生む魔物に脅かされる一方で、ダンジョンが生む魔鉱石を用いて、文明の火を繋いでいる。


 ダンジョンは、少しづつ増えていく。大きく塗り替わった地図に染みを作るように。


 ”大崩壊”から数百年。

 世界各地に乱立する都市国家郡と、ダンジョンの奇妙な共生の時代。

 後世の人々は、これを「採掘者たちの時代」(スコッパーズ・エイジ)と呼んだ。







『ごめんな、ごめんな、ユーリ.……』


 また、同じ夢だ。

 ユーリはこれがいつも疲れた時に見る夢だと知っている。細くなった父の腕の中で、今より少しだけ幼い自分が言う。


『大丈夫だよ、父さん。オレは男の子だから。村の外でいっぱい稼いでくるから』


 そうすると、父の腕の力がわずかに強まる。

 今よりも幼いユーリでも、簡単に抜け出してしまえるほどの力でしかない。粗末な寝床から上体を起こした父の身体は、悲しいほどに痩せ細っていた。なけなしの蓄えで買った薬の香りがする。それが幼いころのユーリにとっては、父の匂いだった。


『オレを連れていけよ!ユーリはまだ十二なんだ!オレの方がもっと働けるから!』


 三つ上の兄と、二つ上の姉が人買いの男に食ってかかるのを、母は涙を浮かべながら必死に押し留めている。母の腕の中では末の妹がわんわんと泣いている。


 誰も代わることは出来ないのだ。兄は貴重な働き手として家を継がねばならず、姉は遠くで奉公することが決まっていて家を出る。まだ幼い妹は、家族の助けが無ければ生きてなどいけない。


『お代はこれで』

『……はい、たしかに』

 

 父がうなだれながら、銀貨の詰まった袋を受け取る。

 どうしようもない凶作の秋を迎え、さらに魔獣たちの大移動で村から離れた畑が根こそぎやられ、村に課せられた税は残された畑にのしかかる。家畜をつぶしても足りない家の懐事情としては、何を差し置いても必要な金だった。ユーリが己を売らなければ、誰の口を減らすのか。

 だからこれは、最もみんなが幸せになる道だった。少なくとも、幼いユーリはそう信じていた。


『ユーリ、待ってるからな! 帰ってこいよ! 俺たち、待ってるからな!』


 兄は自分よりも父に似ていた。

 線の細い面立ち。せき込みがちな体質だけど、誰よりも働き者で、長男に相応しかった。そんな兄に気を使わせてしまうのがたまらなく嫌で、家を出ることは必然だった。



 人買いの男が急かすようにユーリの手を引く。

 家族の顔が遠ざかる。

 今よりも少しだけ幼い自分の手が振られ、追いかけようとする妹が母の静止を振り切り、泣き叫ぶ声がする。


 ありがとう、兄さん。

 兄さんがちゃんと兄さんでいてくれたから、こうやって甘やかな夢として故郷を思い出せる。父さんと母さんとトーカのこと、任せきりにしたことを謝りたい。


 ありがとう、姉さん。

 姉さんが自分のごはんを削って家族の皿に載せてくれていたのを知っている。別れの時でも泣けない酷薄な弟には不釣り合いな姉だった。


 泣かないで、トーカ。

 ダメな兄貴で申し訳ない。お城のお姫様に憧れる末の妹に、畦道に咲く花で腕輪を作ってやることくらいしか出来なかった。もう何もしてやれない。。


 ごめん、ごめんな、みんなーーーー。







「いつまで寝てやがる! さっさと起きろガキ!」


 腹部に響いた衝撃と共に、目が覚める。

 反射的に飛び上がる身体を起こすと、そこには厳しい顔を強張らせた隊長の姿があった。


「すいません、すぐ、支度します」

「早くしろ! 何のためにてめえらを連れてきたと思ってる!」

「はい、すぐに、準備します」


 朝の支度に遅れたのだと気づく。手荒い目覚ましではあったが、明らかに非があるのはユーリだった。


「火の始末と、水の配給、そのあとは飯だ!さっさと動け!」


 隊長の罵声など隊員たちにとっては慣れたもので、めいめいに自分達の武器や装具の準備を行っている。戦うことが主任務である彼らにとって、それ以外の仕事は下働きであるユーリの仕事だった。


「くそったれめ、何でこんなことに...」


 そう言いながら、隊長は白髪の混じった頭を掻きむしった。

 肩に止まるのが、通信に用いられる伝書鳩だと気づく。空きっ腹に響く鈍痛の重さをさすりながら体を起こすと、隊長が片手に持つ書面が目に入る。持ち前の目の良さで、いくつかの単語は読み取れた。


 ダンジョン・ゴルフ。増援なし。現在。戦力払底。調査継続。


 見なければよかったと暗澹たる気持ちを飲み下しつつ、自身の寝床を片付ける。



 ――その昔、人類はこの大地で栄えていた、らしい。

 村の学校で教わった歴史の授業では、かつてこの大地を我がもの顔で歩いていた、という先祖の話が必ず出てくる。今を生きるユーリにはとても信じられないことだ。


 共同の水場ではなく、家ごとにひねればいくらでも水が出る道具がついていた? 

 24時間、食べ物や道具を買える店がそこら中にあった?

 それはどんな冗談なんだと、幼いころのユーリは首を傾げていた。


 人の生息域は、唐突に生じるダンジョンによって虫食いのように蝕まれ、しかしダンジョンから得られる魔鉱石無しには人はもはや夜を越す為の明かりすら得られない。”顕現”したダンジョンには、こうやって調査隊が早期に突入し、ダンジョンの中核にその成長を抑える”吸魔石”を設置しなければ土地は全てダンジョンに作り変えられてしまう。


「起きたか、坊主」


 自身の少ない手荷物をまとめ終えたとき、声を掛けてきたのは一人の老爺だった。


「おはようございます、デーン爺」

「隊長殿のダミ声で叩き起こされたわい」


 ほれ、と差し出された干し肉を、礼を言いつつありがたく口の中に入れる。何の肉かもわからない、えぐみの抜けない塩辛いそれも、遠征中には貴重な食糧であり、無駄には出来なかった。


「これからダンジョンへ突入するって時じゃ、隊長も気が立っとるんじゃろ。腐るなよ、坊主」


 身の丈ほどの大斧を背負う老人は、声を顰めながらユーリの頭を軽く叩く。

 百人を超える大所帯の中でも、新参者の荷物持ちでしかないユーリに構うまともな人間は、この老爺だけだった。


「大丈夫です。慣れてますから。寝てたオレが悪いんです」

「隊長も苛立っておる。まあ、無理もない。こんな寄せ集めの人員だけで新しいダンジョンの調査隊など、異例中の異例じゃからな」


 その通りだ、とユーリは思う。

 装備も練度もバラバラ、ごろつきのような前線組に、ユーリのような子供まで総出で駆り出された小間使い。本来は精鋭が送り込まれるというダンジョンの初期調査だ。

 にも関わらず、下働きのユーリの目から見てさえ、ひどい寄せ集めと言えた。引退していた元スコッパーまでかき集めた調査隊の士気は低く、隊長と副長が檄を飛ばしながらようやくダンジョンの入口までたどり着いた有様だった。慣れぬ野営で疲れがとれないのか、面々の顔色は暗い。


「わしのような老骨まで声がかかるくらいじゃからのう。ほんに異例のことよ」

「オレはデーン爺がいて助かりました。話し相手がいてくれたから」

「そうじゃな。わしもじゃ。お前さんがいてくれなかったら、もっとぶすくれとったかもしれんわ」


 はっはっは、と快活に翁は笑った。

 ダンジョンの発生は、それを司る悪神達の気まぐれによる、と噂されている。人里遠い山地の中に突然出来たと思えば、都市の目と鼻の先に突然生じるのがダンジョンというものだ。嵐や大雪、大旱魃のような、年に何度かは起こる”恒例の”天災といっていい。


「秋の刈り取り前に、ダンジョンが三つもいきなり”湧いた”。話し相手に恵まれるくらいの幸運がなくてはな、大神のケチっぷりに文句をつけるところじゃったわい」


 そう、今回”湧いた”のは、ユーリ達が調査に赴いたダンジョンコード・ゴルフだけではない。

 同じ北部地域、同時期に、三つ。長命種の血を引くデーン爺すら聞いたことがないという、最悪の部類の天災だった。”歴史以外に誇るものなし”とすら陰口を叩かれる北方の玄関都市アージェントのスコッパーズギルドは、ふって沸いた不幸に大騒ぎとなり、松明の絶えない不夜城の有様となった。北方首都テラトールにすぐ支援要請の早鷲が飛んだが、秋の刈り取り時を控えた地方に、余剰の戦力などあろうはずもない。


「水配りじゃろ? 手伝おう」

「ありがとうございます」


 調査隊にはユーリ以外にも小間使いはいるものの、人数は少ない。それを見かねてか、荷馬車の護衛を任されたデーン爺はよくユーリを手伝ってくれていた。デーン爺が馬車に積んだ水甕から盃に水を汲み、ユーリは起き上がる調査隊の人員に配り回ろうと腰を上げようとしたところ、背後に立つ人影に押しのけられる。


「”灰かぶり”のガキとジジイ。邪魔だ、そこをどけ」


 横入りしてきた青年は、ふん、と鼻を鳴らしながら、水瓶から水をくみ上げた。探索中の水は貴重で、本来は勝手には出来ない。四等級:佐波理に位置する前線組の一人である青年は、貴重な戦力であることを自覚してか、道中でも横柄な態度をとり周囲を辟易させていた。


「おいおい、ネスティ。そんなに持っていくな。他のもんの分もあるんじゃから」

「うるせえよ。どうせ何人か死ぬんだろ。水が足りなくなるこたぁねえよ」


 傲岸に言い放つ青年に対して、周囲の隊員達からも非難の視線が向けられる。


「口がすぎるぞ若いの、これから突入するって時に」

「だったら尚更だろうが。水も飲めずにひっからびて死んでいくのはごめんだ」

「全く……」

 

 去っていく青年の姿に、翁は悪態をつく。


「……ほれ、小僧、早く手をうごかせ。また変なのに絡まれるからの」

「なんか言ったかジジイ!」

「てめえら!ダベってる暇があるならさっさと支度しろ!子供の遊びじゃねえんだぞ!」

「……ちっ」


 隊長には流石に面と向かっては逆らえないのだろう。唾を吐き捨て、去っていく影に呆れながら、翁は見やる。


「全く、これでは先が思いやられるのう」


 スコッパーの中でも戦闘向けに召集された者を前線組、行軍補助や荷運びに呼ばれたものを後方組という。前線組たちが武具の点検と防具の装備を行なっている間に、後方組が火の片付け、食糧の配給、水樽と寝具の片付けを行う。この三日の行軍でようやく慣れた一通りの仕事を終え、ユーリも自身の食事に取り掛かる。

 配給は干し肉と乾パンに多めの水。”浄化の清石”を使った水樽が貸し与えられているおかげで、濁りも虫もない清水がもらえる分だけ、旅の食事としてはまともと言える。

 

「まずい……」

「そう言うな。干し肉にカビでも生えてない分だけまだマシじゃて」


 そう言いながら、翁は年齢に似合わぬ歯の丈夫さで固い干し肉をかみ切る。引退から長い年月が経ったとはいえ、隣に座る老爺が歴戦のスコッパーであることをユーリは思い出す。


「デーン爺は、これまで何度もダンジョンに潜ったんでしょう? ここは、どうですか?」


 切り立つ崖をくりぬくように開けた洞穴を指さして、ユーリは尋ねた。黒く闇しか見えない洞穴からは、何の音も聞こえない。


「ユーリ坊は、アージェント中央のダンジョンしか潜ったことが無いんじゃったか?」

「ええ、まあ……俺みたいなのは、都市外の遠征隊には連れてってもらえませんから」

「まあ、潜ってみんことにはなんとも言えんが……洞穴ダンジョンの中でも、小粒といっていいじゃろう。生まれたてのダンジョンは、基本的に弱い。何の情報もないから皆恐れてはおるがな」


 老爺はユーリを励ます様に背中を叩く。


「ダンジョンは放っておくとどんどん成長し、成長した分だけ魔物は強くなる。だから、ダンジョンの最奥部、大きな魔光の核に、吸魔石をささげる。そうすると、ダンジョンの成長は止まる。だから、どれだけ早く置けるかが勝負になるんじゃ。遅れないようせかせか歩かされたじゃろう? あれは決して、隊長殿がせっかちだからではないからの」

「じゃあ、今こうしている間にも、ダンジョンは育つってことですか?」


 背中に冷たい汗が伝う。刻々と育っていく洞窟が地下に伸び、足元を侵すような錯覚を覚え、ユーリは両足を思わず地面から浮かせた。


「まあ、一刻や二刻で変わるものではない。準備も何もせんで突っ込んでも、奥から湧き出てくる魔物にやられてしまいじゃ。吸魔石は貴重なもの。道中で落っことしては敵わんからな」

「そんなに大事なものなら、モンスターに壊されたりしない、んですか?」

「奴らはな、一度ダンジョンの核に置かれた吸魔石には近づかんのよ。大神の恩寵だと言われとる。神々の力なしではわしら人間は無力じゃ」


 そういって老爺は、首にかけた”捧げる松明”を象るペンダントを握りしめる。


「洞窟だけの発生初期のダンジョンであれば、人数を掛ければ何とか石置きくらいはできるというのが、上の見立てなんじゃろうがな」


 視線の先では、隊長と副隊長が言葉を交わしていた。何事か話した後、隊長が懐から出した光る石を、副隊長は己の首元にぶら下げた。


「気張るんじゃないぞ、小僧っ子。余裕を失った奴から死んでいく。生き残れなければ、何も出来ん」

「大丈夫ですよ、デーン爺。オレ、度胸だけはありますから」


 頼もしいの、と笑う老爺に頭を叩かれる。


「よし! 全員集合!」


 ダンジョンの入口に立つ隊長が声を張り上げた。銘々に準備をしていた隊員たちが集まり、ユーリとデーン爺もその後ろに立った。


「腹は膨れたかクソ共! 出発だ! 後詰めの十人は野営地の守備! サボって気を抜くんじゃねえぞ!」


 寄せ集めながらも、おう、と響いた声は、さすがにダンジョンに潜りなれたスコッパー達の姿だった。背筋に走る震えを何とか抑えながら、ユーリは背中の荷を背負い直す。


「一雨来そうだの」


 デーン爺の視線の向こうに目を向けると、風に流される黒い雨雲が見えた。

 雨の匂いが、漂い始めている。










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設定TIPS


■スコッパー


 ダンジョンは、定期的に魔物と魔鉱石を生む。そのダンジョンに潜り、魔物を狩り、魔物の素材や、様々な資源となる魔鉱石を持ち帰る職業全般を指す。情報および支援を一元的に行う互助組合としてスコッパーズギルドがあり、資源および戦利品は全てギルドが買い取った後、都市政庁および民間に取引される。申告無しの闇取引は重罪。

 大崩壊後の最初期には、戦闘も鉱石掘りも全て一人で行っていたが、長い歴史の中で最適化され、現在では戦闘を行う前衛職と、掘り出しを行う後衛職に分かれ、分業が進んでいる。

 世界各地のダンジョンから、歴代の偉大なスコッパー達が持ち帰った宝にちなんで等級が設けられ、任される仕事の難易度と報酬、社会的地位が変わる。


 第一等 金葉樹 

 第二等 白銀花

 第三等 翠包珠

 第四等 紅銅貝

 第五等 黒炎鉄

 第六等 佐波理

 第七等 青鋼玉


 多くの都市で限定二級市民(中流階級と同等の市民権)が得られるが、最も死傷率の高い職業に喰い詰めた貧民を流入させる為の施策に過ぎない。


 なお、戦利品の運搬、行軍補助を務める小間使いに、等級は与えられない。

十年以上ずっと読み専でしたが、自分でも書いてみようと思い立ち、筆をとりました。

右も左もわからず、悪戦苦闘中です。


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