#19 The Man Who Sold The World
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二人の目撃者の尊い犠牲に数秒の黙祷を捧げた後、ジュリアスと呼ばれた男は設置完了の報告を部下から受け取ると、撤収を指示した。
もはやギルド向けの偽装など必要無い。ダンジョンから十二キロ離れた森の中に築かれた観測所にまっすぐ向かった彼らは、彼と志を同じくした科学者たちが詰めている中に合流した。高揚感に浮足立つ科学者達は、常の冷静さを少しだけ忘れ去ったまま、落ち着かない様子で、最後の準備を終えた。
「所長。全て、準備完了です」
部下がジュリアスと呼ばれた男に声をかける。
その手には、この時代では貴重となった無線スイッチのボタンが設えられた銀色の箱があった。幾つものアンテナで中継し、事前動作確認も終えたそれは、押されたその瞬間に彼らの目的を達成する確実性を持っていた。
箱を恭しく受け取り、ジュリアスと呼ばれた男――――所長は、観測所に詰め、彼の一挙手一投足を見守る全ての人々に声をかけた。
「諸君。科学者だけではない、現場作業に当たってくれた警備部の諸君も。今日この日に至るまで、本当に、ご苦労だったね。長年に渡る君達の献身と、今日この場に立ち会うことが出来なかった同志諸君の献身に、心から感謝する」
一部の科学者や兵士達は、涙さえ浮かべながら、所長の言葉を聴く。
出身も、種族も、性別も、政治信条も異なる彼らが団結したのは、掲げられた夢の為。
全ては、ダンジョン無き世界を作る為。
その為に、世界すら売った人々が、ここに集ったのだ。
「仰々しい演説は私の趣味ではない。だから、早速始めよう――――我々人類の、”再創生”を!」
意気揚々と張り上げられた声が響き渡ると同時、ボタンは押された。
押されて、しまった。
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大崩壊と呼ばれる混乱の最中。
人類が未だダンジョンの仕組みも、対処法も知らなかった時代。
人の手の入らない辺境で放置されたダンジョンは、拡大につぐ拡大を続け、魔物の氾濫を幾度も生んだ。
通常の軍備で対抗したものの、天変地異と地形の変化によって大きく混乱した軍隊は、補給もままならずに摺りつぶされていった。発電所を失い、サプライチェーンはずたずたに寸断され、魔物達は際限なく湧き出てくる。穀倉地帯を維持できず、食料の奪い合いは内戦を生み、内からも外からも人類の命脈は絶たれつつあった。
これに業を煮やした権威主義国家は、自国民の犠牲を厭わず、自らが持つ最大最強の暴力によって滅びに抗おうとした。それが自分達が生き残る最後の手段であると信じて。
数百発の核弾頭による掃討の結果、自国他国を問わず魔物とダンジョンの殲滅は飛躍的に進んだ。
一方で、舞い上がった粉塵と灰は陽の光を遮って穀倉地帯を死の大地に変え、地形すら変える多重核弾頭による破壊は致命的な環境破壊を生み、肥沃な表土は失われ、大地は砂漠と化した。
しかし、そんな人類が持ち得る最大の破壊力を持ってしても、一部のダンジョンは再生した。
古くから残る生き残り――貴族という形で生き延びた人々が、語り継いだ歴史書にはそう記されている。
そう。再生したダンジョンは、一部だ。
全てではない。
再生したダンジョンと、そうではないダンジョン。
この違いが何であるのか。
ダンジョンの脅威は小康状態となり、各地の生き残りが建設したコロニーを元にした都市国家がダンジョンを管理し、ダーリントン鉄道連盟が都市をつなぐことでダンジョンと人類が望まぬ共生を始めた数百年後。
とある研究者は、一つの仮説を立てた。
ダンジョンコアのみならず、地下構造を含めた全てのダンジョン領域を同時に破壊できたか、否かではないか。
第五元素は、この地球世界に元来より存在するものではない。
人類は未だ知覚できない神の領域、別の概念世界から、ある地点を通して漏れ出てくるものが第五元素である。これが神々が遺した言葉と、異邦人である魔族たちの証言から推察された『異世界仮説』と呼ばれる第五元素学の基本学説である。
更に、ある学説によると。
ダンジョンコアとは、この地球世界に何らかの理由によって『転写』された異世界の核であり、第五元素が位相の低い地球世界に流れ出る為の『座標原点』なのだという。
大気を漂っている全ては、あらゆるダンジョンコアからの漏出物であり、ダンジョンコアが無ければこの世界に第五元素は存在しない。
では、この流入源にして、座標原点たるダンジョンコアを消滅させる為には、どうすればよいのか。数百年に渡る生存競争と並行した試行錯誤の末、研究者達は結論した。
ダンジョンコアは再生し、破壊したとしても自然修復される。
異世界があるのであれば、そこには『核』があるはずなのだから、と。神々の手すら及ばぬ絶対の法則によって完璧な再現性を見せたこの現象は、いかなる方法をもってしても覆すことは出来なかった。
ただ、先に記した一点の歴史記録を除いて。
その記録を手にした研究者は考えた。
いかにしてダンジョンコアを消滅させるか。
導き出したのは、実に単純な解である。
ダンジョンという名の世界を丸ごと、この地球世界から消滅させてしまえばいい。
だが、もはや文明退行を起こし、復旧の目すら見えない人類に、ウラニウムなる鉱物を扱う技術はもはや存在しない。
研究者は囁く。
ならば、別のモノで代替すればよい。
あるではないか。
もっと自由に、無限に扱える力が!
偉大なる神々の祝福によって、人類には与えられたではないか!
研究者は仲間を集め、奮起した。
長い年月と、幾つもの実験の末、そして成し遂げた。
『熱転換型第五元素爆縮弾』。
大崩壊前の核爆弾に匹敵する、暴力の塊を生み出した。
第五元素を、爆縮と術式操作により、核分裂に似たエネルギーを放射する臨界反応状態に励起させ
必要なのは、三つ。
一。吸魔石が貯蔵する大量の第五元素を、爆発反応が起きる状態に励起させること。
二。吸魔石の外殻を密閉状態で圧縮すること。
三。瞬間的に均一に爆縮させること。
全ては、気の遠くなるような要素技術の開発から始まった。
足りないものはありとあらゆる方法によって補われた。
魔族が持つ高度な魔法印の秘術を盗み出し、
障害は実力を以て取り除き、
その全てをクリアできる装置の開発を成し遂げた。
そして、研究者は協力者を求めた。
科学技術とは、仮説と検証によって生まれるもの。
彼らには、『実験場』が必要だった。
中央ではいけない。しがらみが多すぎる。
東部ではいけない。かの吸血鬼の王の介入は必至だ。
西部ではいけない。白の手のアジールの目は誤魔化せない。
南部ではいけない。竜の介入を退けなければならない。
故に、北部である。
中央からの距離は遠く、小規模なダンジョンが多く、人口は少ない。
しかも、新しく連鎖顕現し、初期段階で石置きに成功したダンジョン。彼らにとっては最高の実験場だった。
その為に、中央への返り咲きを狙う連盟のエリート崩れを抱きこみ、統治に無関心な老いた為政者を騙し、絶対的な個人武力を有する上位のスコッパーはあらゆる手を用いて遠ざけ、疑り深いスコッパーズギルドからは距離を保った。
そうして、彼らは遂にたどり着いた。
このD-DAYに。
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全ての準備を終えた男たちが、遥か遠くに退避し、観測の準備を整えた頃。
指定された時間通りに、機械仕掛けは動き出した。
吸魔石の台座を囲むように、自動人形が近づいていく。
球状の物体の外装が剥がれ落ち、吸魔石に巻き付く。
外装に刻印された魔法印が、吸魔石の刻印と共鳴をし、第五元素の貯蔵と魔鉱石への転換を行うよう割り振られた術式が乗っ取られる。
新たに指定された機能は、その貯蔵と周囲の第五元素全てを吸収し、燃焼反応に転換する術式であった。
その間にも、球状の外装は吸魔石を一部の隙も無く包み込む。更に自動人形は、予め定められた通り、その上に何重もの珠を被せていく。僅かたりとも吸魔石にかかる圧力を逃さないように。十重に、二十重に。魔法印が刻まれた外装同士の合わせ目は自動で溶着され、真球に近い形状になっていく。
ダンジョンそのものが異変を感じ取ったのか、魔物を生む生産部屋が、フル回転で稼働し始める。魔物達は急き立てられるようにコアチャンバーへと押し寄せるが、張られた結界によって進むことは出来ず、敵の接近に気づいた自動人形達と、人形に付き従う固定砲台達が放つ矢と銃弾によって全てが肉塊へと変わっていく。
全ての魔物はあらかじめ駆除されている。生産部屋がいかに稼働しようとも、短時間で、都市防衛用結界石と異様な科学力によって再発明された迎撃システムの囲いを突破できない。
魔物達の断末魔と、無機質にばらまかれる銃弾と矢の喧噪を外にして、吸魔石は定められた通りに巨大な爆弾と化した。
そして、起動指示から、十九分三十九秒後。
臨界点を超え、天地が震えた。
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ミラが館に戻ってきたのは、ユーリが洞窟に到着した、その日の夕方だった。
旅装に身を包み、旅行鞄を携えたミラが裏庭に顔を出すと、待ちかねたとばかりに大鷲が己の寝床から現れた。
『おかえりなさい、ミラ嬢。無事で何よりだ』
「予定よりかなり伸びてしまい、申し訳ありませんでした。ピッケ翁」
『なに、その手に持った土産があれば何の文句も無いともさ』
旅行鞄と反対の手には、アルゲン名物の色の濃いりんごがたっぷりと盛られたバスケットが握られていた。ごくり、と喉を鳴らす大鷲の姿に、ミラは思わずくすりと笑った。
「母からピッケ翁にと。存分に召し上がってください。あの、ユーリは?」
『師の背中に追いつきたがっていてね。近場のダンジョンに遠征だそうだ。もう二日ほどで戻ると言っていたがね』
「遠征……」
ミラの心配げな様子に、ピッケはからかうように口を開いた。
『心配かね? 男の子だからね。憧れの師の前では背伸びをしたくなろうというものさ』
「……もう、からかうのはやめてください、ピッケ翁」
益体もない会話を交わしている中、門扉が開けられる音が響く。ミラはピッケと目を合わせ、ともに正門に回ると、そこには久方ぶりの主の姿があった。
「ミラ、ピッケ、ただいま」
「おかえりなさい、イズラハ様」
『おお、まさか二人とも同じ日のご帰宅とはね』
「あらら、ミラも今日だったんだ。ごめんね、設立早々、長く空けてしまって」
イズラハの顔に、笑顔はない。疲れた様子で鞄を携え、二人の元に歩み寄ってくる。いつもならば空元気であっても明るい姿を見せようとする主らしからぬ態度に、ミラは首を傾げた。
「……イズラハ様? ずいぶんお疲れのようですが、向こうで何か?」
「うん、まあ、いろいろとね」
主人の手から鞄を受け取り、気遣わし気に声をかけるミラだったが、イズラハの反応は鈍かった。
すると、突然、二人と一羽の間を、白い子犬が突然かけ去っていった。
「わふ!」
『おや、どうしたんだい、おチビちゃん』
「どこに行くの――っ!?」
驚く一行を他所に、振り返ることなく白い子犬が館の門扉を潜り、外に出ていく。
瞬間、ぴかり、と強い光が北西から差し込んだ。
西に沈む夕陽をかき消す、まるで太陽が地上に落ちたかのような強い閃光が煌めき、近くの街路樹にいた鳥達が一斉に南に飛び立つ。
「光の、柱……?」
『これは……!』
光は一瞬では収まらず、大地から天に向かって立ち上るように光が上っていく。その有様に目を奪われていると、どん、という強く響く音と風が、全員の耳朶が叩いた。
『ぐぅ……っ』
「……っ」
「ピッケ翁、大丈夫ですか!?」
人類種よりも耳の良い大鷲族には苦痛な音であったのか、ピッケはその両手の翼で頭を押さえて悶える。イズラハも己の両腕を抑えながら、苦悶の声を漏らす。その身体に刻まれた
ただ事ならぬ二人の姿にたまらずミラが駆け寄ったとき、館のほうでがしゃり、と何かが落ちる音がした。
振り返ると、何事か外の様子が気になって窓を開けたのか、別邸の窓からエイリカが外を見上げていた。
陽の光を浴びない白い顔面には、血の気が無い。両手をわなわなと震わせながら、あり得ないものを見たとばかりに、北西の空に突如現れた光の柱を呆然と見上げていた。
「あれは、何だ――?」




