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#20 Lithium





「ははっ、エウレカ! というやつだね、これは!」


 爆心地から十二キロ地点。

 大地を震わせ、天へと立ち上る光の柱を見上げ、ジュリアスと呼ばれた男は快哉を叫んだ。最も、その言葉は誰も聞くことは出来ない。全員が鼓膜保護の為の耳栓とイヤーマフによって遮られ、言葉は宙に舞った。

 遅れてきた衝撃波に、観測所全体が吹き飛ばされそうなほどに揺れる。が、耐えた。揺れが一段落すると、全員が目と耳を覆っていた保護具を取り外した。待機していた兵士が外に走り、分厚い鋼板の覆いが収納され、観測所前面に設けられた硝子窓が露出する。双眼鏡と記録用具に、カメラ、映像用カメラを扱う観測員達からの報告が次々と上げられる。


「臨界反応光の膨張が停止、縮退を確認。第五元素の再凝縮の兆候は現在のところありません」

「粉塵による視界不良で破壊範囲は未だ観測できず」

「九キロ地点に設置していた装置の一部が破損したようです。第五元素の流動観測に支障を来しています。復旧の人員が必要です」

「いや、あるものだけでいい。ぐずぐずしていると鷲か竜が飛んでくる。あまり長居は出来ないからね。二十分で撤収準備だ。写真も、映像も、今のうちによーく撮っておくんだよ」 


 収まっていく光の中、濛々と立ち込める煙に遮られ、未だ爆心地の様子は見えない。科学者達は一心不乱に観測機器にかじりつき、手元のレポート用紙に何事かと書き込んでいた。この待ち望んだ瞬間の到来に、所長はニコニコと相好を崩しながら指図をしていく。


「放射能汚染などという悪辣な罠も、これには無い。人類史上、最もクリーンな兵器の誕生だ」 

 

 満足そうに頷く所長の耳に、興奮した観測員からの報告が届く。


「地表確認できました! 目算推定、半径三キロ! 地下五十メートル!」


 観測所の各所から歓声が上がり、拍手が鳴り響いた。想定の百三十パーセントの数字である。起爆実験としては十分以上の成功といって良かった。

 所長は各所に座る科学者達と抱き合い、その手腕を賞賛して回る。


「所長は、名を残しましたな」

「」

「ヴェルナー、マーキス、私などよりも君達の勲は讃えようではないか! 君たちがこしらえた起爆装置が無ければ、この結果は無いぞ!」


 賞賛された二人の若い科学者は、満更でもない様子で頷く。 

 人口密集地のど真ん中で研究の成果を暴発させ、何百人という人間を巻き添えにしたことで手に縄を打たれた者達だ。その歪んだ虚栄心は、今ついぞ満たされた。


「カーチス、プッサン! 君たちの魔法印は完璧に動作した!」

「この実験に参加できたこと、光栄の極み!」

「生涯の思い出です!」


 名を呼ばれたエルフの男とドワーフの男が、丁寧に腰を折る。

 魔物に食い殺された家族の復讐の為、禁術とされた魔法印を里から盗み出し、追っ手から逃げ続け、その秘術の成果をこの計画に渡した者達だ。長い生涯の中で得られなかった復讐の果実は、ついぞ今日、齎された。


「セス、レオナ! 君たちの理論的なバックボーンに感謝する!」

「……」

「祝杯をあげましょう、所長!」


 陰気な目をした中年の男は恭しく頭を下げ、長いブルネットの髪を巻いた女がけたたましく手を叩いた。その理論の実践には人体実験すら厭わぬ危険性を問題視され、学会を追われた者達だ。自説の正しさは今目の前で証明された。

 ここにいる全員が、数百年前に生まれていれば、一流の研究機関で名を馳せていたであろう天才たちだ。ダンジョンと魔法などというまやかしに毒された世界でなければ、彼ら彼女らの才能こそが世界を率いるリーダーであったろう。

 だが、世界はその才能を必要とせず、革命的な思想は過激で急進的であるとして排斥された。その全てを拾い上げ、今、ここに至る。 

 長く、時には迂遠とも思われた道の果てに得た成功に、男は深く満足していた。

 そこに、狭い観測所の中に所狭しと並べられた長机の後方、まだ世に普及していない無線通信機に張り付いていたスタッフが声を上げた。


「――――上空の『アラモゴード』より緊急入電! 高速で接近するものあり。コード・ゴールドです!」

 

 ざわり、と研究者達がざわめく。

 所長は肩を落とし、深く溜息をついた。


「残念だ。ここまで偽装と陽動を重ねても、たったこれだけの時間で寄ってくるか」


 所長はハンドサインで兵士に指示をする。

 すかさず兵士が観測所を飛び出し、待機していた別の兵士が手に持つ携行火器が上空に向けられた。花火のような信号弾が打ち上げられる。色は赤、三発。

 

「撤収! 撤収! 発着場へ急げ!」

「記録装置とカメラだけは死ぬ気で抱えていけ! それ以外の器具は全て破棄!」


 先ほどまでの歓喜を忘れ、大慌てで科学者達が機材を抱え、観測所を飛び出していく。一心不乱にメモを取っていた同僚を机から引きはがし、手にしたノートを財宝のように大事そうに抱えて走っていった。

 所長と呼ばれた男は、足早に観測所から出る。

 観測所は樹海の中の小高い丘に設けられ、オルリンクス小洞窟を目視で視認できる位置に設けられている。観測に影響のない周辺の木々は偽装の為にそのままとされており、一見してはただの森にしか見えないはずだった。

 だが、樹海に開かれた道など知らぬと無視し、一直線にこちらに向かってくる者がいる。爆発のような衝撃と共に木々が吹き飛び、それは近づいてきていた。


「あれか」

「所長、いかがしますか」

「ここで損耗は避けたい。私が出るよ。避難誘導よろしく」

「しかし――――」

「なに、もうここまで来たのだ。この技術と成果は完全な再現性を以て我らが研究所に齎された。君たちが生き残れば、僕はもう必要ないよ」

「……ご武運を」

 

 言葉をぐっとこらえて、ダンジョンから付き従っていた兵士が敬礼する。その肩を叩く所長に、別の部下が駆け寄ってきて、所長に一本の杖を差し出した。それを受け取ると、所長は首に下げた双眼鏡で近づいてくるそれを見た。

 だんびらが降り降ろされる度に爆発が起き、目の前を塞ぐ木々が吹き飛んでいく。 土煙が晴れた一瞬、爆発を起こした当人の鉛色の瞳と、目があった。


「おお、怖い怖い。あれで本当に人間のつもりなのかね」


 おどけながら、双眼鏡から目を離す。

 散歩にでもいくような気楽さで、爆発が起きる側に歩み寄っていく。

 所長が何事かを呟くと、その両腕には紫の光を放ちながら印が浮かび上がり、杖が差し示した方向に、幾度も落雷が落ちる。

 それでも、爆発の勢いは落ちない。所長も歩みを止めることなく、笑みすら浮かべたまま、落雷を落とし続ける。爆発と落雷は近づいていき、遂に小さな湖の前で、二人は相対した。

 

「おやおや、ずいぶん早いお越しですねぇ、”北部の守り人”殿」

「貴様――――」


 ここまでたどり着いた歴戦の戦士の額には、大粒の汗が浮かんでいる。金葉樹のスコッパーといえど、体力も第五元素も無尽蔵ではない。相当の無理をして駆けつけたのだろう。巨大な鉄塊にも似た剣を握る両腕には強化印の光が滲んでいるが、その光は鈍い。

 にこりと場違いな笑みを浮かべた所長を、信じられないものを見たという風にムラクモは、その相貌を睨みつけた。


「貴様は、()()

「人類の味方ですよ。心からの、ね」


 戦士の視線は鋭さを増す。北部最高の戦士からの敵意を全身に受け止めながらも、呆れたように


「あなた、今日は北東の遠征に赴いていたはずでは? 困りますねぇ、そう簡単に人間やめられては。妨害も何もあったものではない」

「アレも、貴様らの仕業か」


 アージェントから北東に三日の距離。大型のダンジョンで発生したスタンピードへの対処に駆り出されていた。

 所長は何も答えず、あいまいな笑みを浮かべる。

 

「このような真似をして、いったい何のつもりだ」

「あなたに出張られていては」

「違う、あの爆発のことだ」

「人類にもう一度夜明けを齎す。それだけが我々の望みですよ」

「旧時代、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。学者だというならば、その理由を知らぬとは言わせぬ」

「ほう。そのようなことまでご存じでしたか」


 驚いたと目を丸くする所長は、教え諭すように目の前の戦士に語り掛けた。


「全ては実験ですよ、ムラクモ殿。今回は条件も対象も違う。異なる実験なのです。古い言い伝えに縛られ、挑戦を避けるようではいけない。それに、例えあなた方が危惧しているソレが起きたとして、だからどうだというのです?」

「それで何千何万の命を巻き添えにする気だ。貴様らは、狂っている」


 怒気を含んだその言葉に、所長は事も無げに応じた。


「そうと決まったわけではない。それでも、最後に立っているのは我々です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう考えるのは当たり前でしょう? 我々は本来、プレイヤーでも観客でもない。ただの巻き込まれた哀れな被害者なのですから」


 戦士は答えず、ぎりっと大剣の柄を両手で握りしめる。

 その様子を見て、所長は大きく溜息をついた。

 

「よしましょう。これでは、よくある冒険譚の狂った学者と勇者ごっこだ。三文劇で遊ぶほど、暇ではないし――――ただ倒されるだけの悪役を演じるつもりもないのでね!」


 杖を振りかぶる所長の姿を見た途端、戦士は大きく後ろに飛び下がる。暗雲も何も必要とせず、多数の雷撃が空を切り裂いた。次々と空中から現れる電撃を、戦士は勘だけで避ける。その雷は上空から落ちてくるものではない。暗雲も必要としない。ただ、魔法印が現れた次の瞬間には、戦士に向かって雷撃が走り、巻き添えを食らった森の木々に潜んでいた足の鈍い獣達が消し炭となって地に落ちる。

 直撃はない。だが、掠めただけでも数千度に加熱された空気熱の余波が、戦士の肌をじりじりと焼く。遺物の防具が無ければ両手両足はとうの昔に焼けていた。

 

(どこの業だ……!)


 回避行動を繰り返しながら、ムラクモは心中でごちる。

 見た目はアジールの血を引いているように見えなくもないが、かの一族に紫紺の瞳のものなどいない。シブのような知的好奇心はありながら、ロイアルのような奔放さを持ち合わせている。訳の分からない人間だ。

 十氏族ではない。だが、十氏族の、それも直系に等しい原型刻印でなければありえない、この枯渇することを知らない魔法の暴力は、一体何だというのか。

 泰然と杖を構えた男にまったく近寄る隙は無く、戦士はひたすらに距離を取る他なかった。


『所長!』


 紫電の嵐を避けることに集中を強いられ、気づかないでいた。

 いったいどれだけの科学力を持った連中なのか。空中には無数のプロペラで巨大な胴体を浮き上がらせた船の姿があった。拡声器からの呼びかけと同時に、はしごが垂らされてくる。


「飛行艇――――貴様ら、このようなものまで蘇らせたのか」

『つかまってください!』

「おいおい、ずいぶん無茶をする。僕はいいって言ったのに」


 所長が垂らされた取っ手付きのロープに飛びつく。急速に引き上げられていく眼鏡の男の姿に、戦士は咆哮した。


「逃れられると、思うな――ッ!」


 ムラクモが飛行艇の本体に向かって、自身の得物を投げようとした瞬間、飛行艇から大量の爆弾が投下された。煙幕弾も含むそれは地上を焼け野原にする勢いで降り注ぎ、中途半端に投げられた大剣は所長の杖の一振りで生み出された雷撃に撃ち落されて空を斬り、鈍い音を立てて地に落ちる。

 執拗に投下され続ける爆弾の雨は、戦士に対しての警戒の現れだろう。森を火の海にする勢いで降ってくる破壊の嵐に、さしもの戦士も成す術はない。

 憤然と見送る戦士をからかうように、拡声器を持った男が声を張り上げた。


『全く、どこまでも悪役じみていてるのは不本意だが、あえて言わせていただく。今日のところはこれで失礼しますよ、ムラクモ殿! そして、あなたの主人に伝えなさい。勝つのは、我々だと』

「……っ」


 ぎり、と戦士は奥歯を噛み締める。 

 一瞬で高度を上げていく飛行艇をどうにかする手段は、もはや無かった。

 戦いの終わりを感じてか、後方に置いてきたはずの愛馬が戦士に追いつき、歩み寄ってその鼻づらを近づけた。


「……苦労をかけた」


 戦士は無茶にも程がある強行軍に付き合わせた愛馬を労わるように、その背を撫でた。滝のような汗をかく相棒に、もはや地を駆ける力は残されていない。池の水を飲ませて落ち着かせると、戦士は爆心地に向けて歩き出した。

 曇天の空を割いて垣間見える夕暮れは、実に鮮やかだった。人の行いなど知らぬとばかりに、先ほどまでの騒がしさは嘘のように過ぎ去り、破壊された森の木々が揺れる音だけが響いている。

 瓦礫を避けながら遅々とした歩みでも、広大に抉り取られた大地の傷跡にたどり着いたのは、すぐの事だった。

 まるでそこに洞窟など無かったかのように、すり鉢状にくり抜かれた大地の傷跡は、ただ痛々しかった。未だ熱を持った焼けた土が風に吹かれて埃っぽく、空気は未だ帯電しているかのような異臭を放っている。戦士の優れた感覚では、第五元素の流れもおかしくなっていることがわかった。


「……?」


 戦士は不自然さを感じ、目を凝らす。上空からでは見えないかもしれないが、中心部付近に、瓦礫が祠のように積み上がり、不自然な箇所があった。馬に待っているよう手振りで伝えると、深く抉られ焼けた大地の坂を下りていく。

 ついに目視で見える距離までたどり着くと、その瓦礫の下から、子供の手らしきものが伸びてくるのが見えた。







「いやぁ、九死に一生とはこのことだね。さすがに生きた心地がしなかった」

「ご無事で何よりです」


 飛行艇の艦橋に設けられたゲスト席に座り、だらしなく崩れ落ちた。謹厳な艦長は一瞬何かを言いたそうな素振りを見せたが、相手がこの逃避行最大の功労者兼計画責任者であることを思い出したのか、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 科学者達はどうやら全員が乗り込めたようだった。止めにくる何者かの存在を想定し、処女飛行を終えたばかりの世界にただ三隻しかない飛行艇を強引に引っ張りだしたのは所長の判断だった。己が正しかったことを

 北部最強の戦士から逃げ延びたことに安堵しつつも、空の旅すら安全ではない。竜達の群れが来れば下手を打てば全員が空の藻屑となる。飛行艇は未だ新品のエンジンをフルパワーで回転させながら、安全地帯へと急いでいた。

 突然、通信士から悲痛な声が上がった。


「所長、周辺観測に当たっていた補佐の第二班から入電です。第五元素の龍脈に急速な乱れあり!」

「ううん?」

「オルリンクス小洞窟――いえ、爆心地グラウンド・ゼロから最も近い洞窟型ダンジョン、旧コード・ゴルフから、顕現光が生じていると――――」


 その報告に、その場にいた全員の動きが凍り付く。

 ただ一人、所長だけが、目元を手で覆い、大袈裟に天を仰いだ。


「おおっと。これもまた、予測通り、予測通りではあるが。あの守り人殿のいうとおりになったか。今回は私の負け、いや、痛み分けといったところかな? ままならないものだねぇ」


 例えばの話だが。

 水が流れる二股の管があったとして。

 その内の片方から水が出ないよう、分かれた管をつぶし、出口を塞いだとする。

 すると、もう片方の管から出る水量と、流速はどうなるのか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。我々はまた一つ、歴史を証明してしまった訳だ」


 特に悪びれる風でもなく、男は欠伸をした。




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